≡☆ 谷津バラ園 ☆≡
2015/05/23

梅雨入りを間近に控え、巷では関東近県のバラ園で春バラが見頃を迎えつつあるという噂が飛び交うのを耳にして、背中を押されるようにして出掛けてみたのがこれから紹介する谷津バラ園なの。

谷津バラ園

バラ園

谷津バラ園は、元々は谷津遊園と云う遊園地の中に造られていたの。谷津遊園は大正14年(1925)に京成電気軌道(現:京成電鉄)が谷津一帯を買収して谷津海岸遊園を開設したことに始まり、多種多様な遊戯施設を備えた巨大レジャーランドとして人気を集めたの。その谷津遊園も昭和57年(1982)に閉鎖され、その跡地には現在は高層マンションなどが建ち並び、往時の姿を留めるものは何も無いのですが、唯一残されたのが谷津バラ園と云うわけ。当初のバラ園は育種家として世界的にも知られた故・鈴木省三氏が昭和32年(1957)に造園したもので、当時は東洋一のバラ園と評される程で、昭和40年(1965)には京葉道路の建設に伴い現在地に移転。そのバラ園も谷津遊園の閉鎖を受けて一度は閉園されたのですが、市民やファンの方々の惜しむ声に押されて昭和63年(1988)に習志野市の手により、現在の谷津バラ園が開設されたの。

園内の中央には噴水広場が設けられ、その広場を取り囲むようにして時計回りに香りの庭をはじめ、つるバラのアーチ、バラのパーゴラなどが配置され、現在は12,600m²もの敷地に何と700種類、7,000株ものバラが植えられているの。ゲートを抜けると、艶やかな色彩が目の前に広がり、園内はまるで別世界。これで入園料 ¥370 〔 2015 現在 〕は納得お得よね。因みに、こちらのバラ園ではペットの同伴は原則禁止ですが、専用カートやキャリーバッグにいれている場合に限り、入園OKなの。ここでは撮りためてきたものをスライドに纏めましたので御笑覧下さいね。

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ゲートをくぐり抜けて最初にあるのが 香りの庭 で、6種類の香りのバラが植えられているの。説明には「香りの違いを楽しんで下さい」とあるのですが、香りの元となる物質は極めて微量みたいなので、愛犬並みの嗅覚を持たないとダメみたいね(笑)。因みに、スライドではフリージア Friesia から ドフトゴールド DuftGold までが「香りの庭」に咲いていたバラよ。 香料のバラコーナー では、化粧品などに使われる香料を採取するためのバラが展示されていたので、併せて紹介しますね。同じく、フレンチ・パフューム French Parfum からがそうよ。フレグランスなど、お化粧品を作る上では無くてはならない存在のローズオイルですが、何とその70-80%はブルガリアで作られているのだとか。更に、世界には5,000種以上ものバラがある中で、抽出に向く品種は極めて限られ、その内の2品種が育成されているのだそうよ。それにしても1Kgのローズオイルを得るために3t、150万個もの花が必要だとは思いもしなかったわ。
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香りの庭を離れて、園内を時計回りに歩きながら目にしたバラの幾つかを紹介してみますが、確かこのコーナー辺りに咲いていたバラよね−程度で振り分けていますので、正確ではないの。そのコーナーにそんなバラが咲いているわけねえじゃんかよぉ〜などと、怒らずに見てやって下さいね。園内には「花の姉妹」と題された3体の塑像が置かれているの。制作者の故・中川為延氏はセメントを素材にした彫刻を早くから手掛け、小野田セメント(現:太平洋セメント)がスポンサーとなり、昭和25年(1950)から始められた野外彫刻展では、自らも白色セメント造形美術会の委員となり、白色セメントを利用した彫刻の推進と普及に努めているの。台座には AD1957 と記されることから、まさにその頃の作品ね。セメントと聞くとおよそ無機質なイメージしか思い浮かばないのですが、造形としてひとたび生命(いのち)が吹き込まれると、異次元の芸術作品として昇華してしまうのですから、さすがは彫刻家ね。
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最初は「新品種コーナー」に咲いていたバラの紹介よ。中盤に出てくるハイルヘンブロー Veilchenblau は新品種と云うわけではないのですが、素敵な花色に惹きつけられて収めたものなの。このハイルヘンブローで作られたつるバラのアーチなら、くぐり抜けるだけでも、とても幸せな気分にひたれそうね。また、園内では ブライダル・ピンク Bridal Pink に取り囲まれるようにして花と春と豊穣を司る女神の「フローラの像」が立ちますが、彫像は元日展評議員・山本稚彦氏の作品で、昭和32年(1957)に創られたもの。そのフローラ像の前には有名人コーナーがあり、著名人の名を冠したバラが植栽されていたの。景観と併せて二種類ほど紹介しておきますね。
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次に「つるバラのアーチ」を紹介しますね。But 何故かアーチの出入り口にはバラならぬバンマツリが幅を利かせていて、芳香と云うよりも強香を発していたの。バンマツリの前ではバラの微香は益々以て影が薄いわよね。肝心のバラの花にしてもアーチの外側に多く咲くのでアーチの中は緑の葉に覆われたグリーン・カーテン状態。なので、アーチ内に設けられたベンチの多くは陽射しを避けて休憩する来園者の歓談席と化していたの。緑ばかりの紹介ではつまらないので、ここではアーチ内からの園内の景観と、引き続き、バラのパーゴラと「華の像」の周りに咲いていたバラを紹介しますね。
















バラ園 「フローラの像」は生田緑地ばら苑にもありましたが、同苑もまた嘗ては向ヶ丘遊園の中に造られていたものなの。どちらのバラ園も本体側の遊園地の閉鎖に伴い閉園したのですが、地元市民やファンの方々の惜しむ声に押されて新たに開設されたものなの。こうして今も多くの来園者があると云うことは、バラは人々を魅了して止まない存在ということね。今目にするバラの多くが育種家の手により新たに生み出されたものだとしても、花が発する色彩は艶やかで、それでいてディテールは極めて微妙よね。それはまさしく生命(いのち)の輝きでもあり、あなたも、是非、季を捉えて彼女達の発する生命の輝きに触れてみて下さいね。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥‥
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どこにもいけないわ