≡☆ 戸越の紅葉散歩 ☆≡
2021/12/04

花の少ないこの時期に、品川区にある戸越公園では十月桜ならぬヒマラヤザクラという珍しいサクラが開花すると聞き、近くにある行慶寺や戸越八幡神社に立ち寄りながら、お花見と寺社めぐりを兼ねて、ちょっと遅めの紅葉散歩をしてみたの。補:掲載する画像は一部を除いて、幾れも拡大表示が可能よ。気になる画像がありましたらクリックしてみて下さいね。

行慶寺、戸越八幡神社、文庫の森公園、戸越公園

1. 戸越駅( 都営浅草線 ) とごしえき 9:07着発
Map : 品川区戸越3-4-17

ヒマラヤザクラはその名称からお分かりのように、ヒマラヤを原産とするサクラで、20年程前に区民の方から寄贈されたものが、公園入口の薬医門前に植樹されているの。残念ながらξ^_^ξが訪ねたときには、既に見頃を過ぎていましたが、それでもこの季節にサクラの花が見られるなんてうれしいことよね。因みに、日本にあるヒマラヤザクラは、昭和43年(1968)にネパール王室のビレンドラ元国王( 当時は皇太子 )から贈られたものが元木になっているのだとか。寄贈した区民の方の手許にヒマラヤザクラが至った経緯も気になるところね。

2. 行慶寺 ぎょうけいじ 9:16着 9:23発
Map : 品川区戸越2-6-31

最初に訪ねたのがこちらの行慶寺ですが、その開創となると良く分からないの。縁起が記された案内板らしきものも見当たらなかったので、代わりに【新編武蔵風土記稿】( 以降は【風土記稿】と略す )と【江戸名所図会】の記述を引いておきますが、【風土記稿】には「 除地556坪余 八幡社の西にあり 浄土宗南品川宿願行寺末 八幡山成就院と号す 開山は円蓮社方誉西源大徳寛文11年(1670)7月15日示寂す 本堂6間四方 本尊三尊阿弥陀如来を安置す 坐像にて一尺二寸余 観音堂 本堂の坤にあり 二間間四方準胝観世音を安ず 」と誌され、開山として円蓮社方誉西源大徳の名を挙げていますが、【江戸名所図会】では「 大崎より東海寺裏の方 戸越村にあり 文禄元年(1592)起立 浄土宗にして開山念誉上人 戸越八幡兼帯なり 願成院と号す ( 梶原氏什宝ありといふ )」と記し、念誉上人の開山としていて違いがあるの。念誉上人の没年が記されていないので確かなことは云えませんが、年代にしても二人は互いに生きた時代が違うような気がするわね。

〔 木造阿弥陀如来坐像 〕品川区指定有形文化財 指定:平成3年(1991)3月26日( 彫刻第17号 )
当寺の本尊で、来迎印を結び、蓮華座に結跏趺坐( 足の表裏を重ねて坐る形 )した像の高さ 46cm の寄木造りの坐像である。像の底部に墨で書かれた文によると、この像は、貞享元年(1684)の制作であることが分かる。円満な顔立ちや、肉付きの良い体の表現、自然な皺を巧みに表した衣の文様など、優れた作品である。脇侍の観音・勢至菩薩像は、太平洋戦争の折に焼失し、現在のものは後に制作されたものである。平成26年(2014)7月31日 品川区教育委員会

改めて調べてみると、おもしろいことが分かってきたの。実は、この行慶寺、次に訪ねる戸越八幡神社とは深〜い関係にあり、先程紹介した【江戸名所図会】の記述にも「 戸越八幡兼帯なり 」とあるように、嘗ては神仏習合状態で別当寺を務めていたの。開創縁起にしても、両者が渾然一体になった物語になっていて、行慶寺の開創縁起=戸越八幡神社の開創縁起なの。ここで、行慶寺に伝えられる【八幡宮出現鎭座並當山基立濫觴記】に誌される縁起を昔話風にアレンジ( 俗にでっち上げとも云う(^^; )してお届けしてみますね。

むか〜し、昔のことじゃけんども、この辺りは原っぱが広がっておってのお、街道が通っていたことから人の往来はあったんじゃが、人里も少なくてのお、旅人が立ち寄れるようなところもなかったそうじゃ。そんな中で、街道に沿うようにして池の上というところに一つの草庵があってのお、大永年間(1521-1528)の頃じゃったそうじゃが、庵主をしておった行永法師は湧き出していた清水を汲むと、冬場は温かい白湯にし、夏には冷たい水を立ち寄る旅人に施しておったそうじゃ。そんなある日のことじゃったそうな。一人の山伏が来て、この水の施しを受けたそうじゃ。そうして庵主の行永法師が長い間旅人に湯や冷水の施しをしていることを知った山伏は、清水が湧き出す泉へ案内を請うと、湧水を拝して「 法師の善行が天帝や諸神の知るところなればこその神水。日ならずして、法師を護るべく、この湧水から御神体が出現するであろう 」と告げると、その場を立ち去ったそうじゃ。豈図らんや、その年の8月15日のことじゃったそうな。泉から土砂を巻き上げて湧水が烈しく噴き出したかと思うたら、やおらそこから一体の御神像が現れたそうじゃ。その御神像こそ、八幡大菩薩の御神像じゃった。御神像は早速草庵に安置されたそうじゃが、それからというもの、この草庵に立ち寄り、八幡大菩薩に祈願すると願い事は必ず叶うと云われるようになってのお、参詣する者も多くなって、いつしか成就庵と呼ばれるようになったそうじゃ。とんと、むか〜し、昔のお話しじゃけんども。

いかがでしたでしょうか、お楽しみいただけましたでしょうか。その後、江戸時代の寛永11年(1634)、幕府より現在地に除地を受けて行慶寺が開創され、当初は御神体もその行慶寺に安置されたみたいね。元禄元年(1688)になって八幡宮の社殿が造営され、御神体が遷されたようよ。因みに、成就庵があった場所ですが、現在は一本杉元八幡神社( 品川区平塚3-4-21 )がある辺りに比定されているみたいね。

3. 戸越八幡神社 とごしはちまんじんじゃ 9:25着 9:56発
Map : 品川区戸越2-6-23

〔 戸越総鎮守・戸越八幡神社 御由緒 〕

御祭神 誉田別命( = 応神天皇 )は、厄除開運の御神徳と共に、我国文教の祖、殖産の守護神として崇められる。
鎮座地 品川区戸越2-6-23( 旧 戸越村 1,018番地 )
末社 春日社 御祭神 天兒根命 藤原氏の祖神で、国家安泰・産業繁栄の神
稲荷社 御祭神 豊受姫命 衣食住の神で、商売繁盛・延命長寿の守護神

〔 戸越の地名の起り 〕
古歌 八幡宮出現由来記 寛永廿未年刊行
江戸越へて 清水の上の成就庵 ねがひの糸の とけぬ日はなし
とあり、江戸を越える村と云うのでこの名が生れ、トゴエと呼びました。
戸越八幡神社をうたった二首の歌
狂歌江都名所図会 安政三年刊行
疱瘡を守る戸越の八まんに 神子は笹湯をあふる御祭
疱瘡の守りにせんと諸人が 戸越の宮にひろふ軽いし
神子の湯立神事に笹湯を浴び、或はお宮の小石をひろって帰るのは、天然痘に効があるという信仰があったのをうたったものです。明治神宮 宮司 高澤 信一郎 謹書

神楽殿
神楽殿
御神輿

ξ^_^ξが訪ねたとき ( 2021 )には、御鎮座500年を迎えて社殿の改修工事が行われていたの。なので、社殿には近づけなくて、代わりに仮の拝所が設けられていたの。左右には可愛らしい「 幸せうさぎ 」と「 福分け猿 」が。

福分け猿
仮拝所
幸せうさぎ
社殿

〔 石造狛犬 〕品川区指定有形文化財 指定:昭和53年(1978)11月22日( 有形民俗第5号 )
この狛犬は、延享3年(1746)に、戸越村の村民がお金を出し合って当社に奉納したもので、区内では最も古いものである。この頃、各村落には庚申講が結成されていたらしく、本村や平塚の庚申講が中心となって狛犬の造立が進められたことが銘文によって分かる。また、左右の台石の各三面に刻まれた207名の人名によって、当時の戸越村を構成していた村民の殆どの氏名が把握でき、大変貴重なものである。平成8年(1996)3月31日 品川区教育委員会

改修工事で社殿への接近遭遇が出来ませんでしたが、周囲をひとめぐりしてみたの。背後に回って初めて分かったことですが、それまでの社殿が傾斜地を背にして建てられていたことから、新たに傾斜地側にコンクリート製の台座を造り、そこへ社殿を曳家すると云う大規模な工事なの。社殿の改修工事だけだと思ったら大間違いね。

社殿の左手にあるのが御神木でもある「 ケンポナシ 」の木。根元では、「 貴重な日本在来種・ニホンミツバチが巣を作っています 」と案内されていたのですが、姿を見掛けることもなかったの。寒くなってきたので巣の中で暖を取っていた(^^;のかも知れないわね。

〔 ケンポナシ 〕品川区指定天然記念物 指定:昭和53年(1978)2月14日( 第15号 )
ケンポナシはクロウメモドキ科に属する落葉の高木で、夏に淡い黄色の小さい花をたくさんつける。実は球形で、9月から10月に紫黒色に熟し、甘味があって食べられる。本樹の幹の囲りは約 2.5m、高さは 18m あり、推定の樹齢は250年から300年である。元、幹は二本立であったが、右側が枯れてなくなり、現在は一本立である。近年、ケンポナシは都区内では殆ど見られなくなった木で、本樹の存在は貴重である。平成8年(1996)3月31日 品川区教育委員会

ケンポナシの根元の洞 うろ に日本在来種であるニホンミツバチが巣を作っています。専門家のご意見や、ニホンミツバチの生態について詳しく紹介されているサイトなどによると、ニホンミツバチは攻撃性が低く、殆ど人を襲うことがない( ※注意 )大変おとなしい蜂と云うことが分かりました。日本にしかいない固有の在来種であるのですが、さまざまな理由により、近年その数は減少の一途を辿っており、希少性の高い種であるとされています。野生のハチ達をはじめ、花粉媒体生物による授粉によって私たち人間の食は多大なる恩恵を受けて支えられています。

また、樹木医さんのお話しに依ると、木の洞にハチが巣を作ることで、蜂蜜のもたらす抗菌作用が腐朽菌などから木を守ってくれるという側面もあるとのことでした。ケンポナシとニホンミツバチのこれからを是非あたたかく見守っていただけますと幸いです。自然の恵みとはたらきに生かされていることを忘れず、一人ひとりが感謝の心を育んでいくことが自然を守り、自然と調和・共存してゆける道を照らして行くのかも知れません。

※注意:絶対に人を刺さないということではありません。刺された場合の症状はアレルギーの有無により大きく異なり、稀にアナフィラキシーショックを引き起こす可能性もあるそうです。また、黒や紺色のものに警戒したり、香水や化粧品中に含まれる物質がニホンミツバチを刺激してしまう恐れもあるようです。どうか不用意にハチ達を刺激しないために、数m離れた場所からの観察にご協力下さいますようお願い申し上げます。

4. 文庫の森 ぶんこのもり 10:00着 10:14発
Map : 品川区豊町1-16-23

5. 戸越公園 とごしこうえん 10:19着 10:53発
Map : 品川区豊町2-1-30

〔 戸越公園の沿革 〕本公園は寛文2年(1662)、肥後熊本藩の分家・熊本新田藩主細川利重が下屋敷として拝領、寛文6年(1666)に本家の所有となり、寛文11年(1671)mでに数寄屋造りの御殿や庭園からなる戸越屋敷として整備された屋敷地の一部にあたります。文化3年(1806)、石見浜田藩松平周防守の屋敷となり、更には伊予松山藩松平隠岐守の手に渡りました。明治の変革により何人かの手を経て、明治23年(1890)、三井家の所有となりました。昭和7年(1932)9月、三井家は学校用地・公園用地として、現在の戸越小学校・都立大崎高等学校を含む別邸の庭園部分を荏原郡荏原町に寄付しました。

同年10月、東京市域拡張に伴い、荏原町は東京市の一部として荏原区となり、公園用地は東京市に移管され、昭和10年(1935)3月、東京市戸越公園として開園しました。その後、昭和18年(1943)の都政施行により東京都が管理することとなり、昭和25年(1950)9月、一部が都立大崎高等学校となるなどの変遷を経て、翌10月、現在の公園部分が品川区に移管されました。その後、区では数次にわたる改修を重ね、歴史的な風情を復元させ、武家屋敷の雰囲気を醸し出すよう、正門を始め、施設の再整備を行い、現在に至っています。

《 公園の概要 》
1. 面  積
2. 開 園 日
3. 公園便所
4. みどころ
5. 主な利用
16,847m²( 池の面積 1,815m² )
昭和10年(1935)3月24日
二ヶ所
池を中心とした回遊式庭園に咲くサクラやツツジ、キンモクセイ、ウメなど
区内だけでなく区外からの利用も多く、朝のラジオ体操やゲートボール、祭り、いろいろな催しなど多岐にわたり利用されています。

お目当てのヒマラヤザクラですが、冒頭で触れましたように、残念ながら訪ねたときには既に見頃を過ぎていたの。それでも、可憐な花を見ることができたのは運が良かったかも知れないわね。河津桜のような華やかさはありませんが、楚々とした佇まいはヒマラヤザクラならではね。

戸越公園 薬医門をくぐり抜けたところで、園内をひとめぐりしてみたの。戸越公園は池を中心にした回遊式築山山水庭園になっていて、後方に造られた築山には渓谷もあって滝もかけられているの。元はと云えば、江戸時代の寛文2年(1662)に肥後熊本藩主・細川越中守の抱屋敷が始まりとされ、東海道五十三次の景色を象った庭園が造られたのだとか。だからと云って、当時の姿が再現されているわけでもないのですが、それでも往時の景観が偲ばれる造りになっているの。ここでは色付いた木々と併せて園内の様子をスライドに纏めてみましたので、御覧になりたい方は左掲の画像をクリックして下さいね、別窓を開きます。 戸越公園
Time 00:03.28

6. 戸越公園駅( 東急大井町線 ) とごしこうえんえき 11:04着
Map : 品川区戸越5-10-15






















戸越公園 花色の少ない冬の季節にあって楚々として咲くヒマラヤザクラのお花見と、深まりゆく秋景色を愛でることが出来た今回のお散歩でしたが、戸越の地名由来にも触れることが出来、行慶寺と戸越八幡神社の開創縁起からは遠い昔話も聞こえてきたの。家々が密集する現在の街並みからは、およそ人里も少なく野原が広がっていたという往時の姿を想像することは出来ませんが、それでも戸越公園でふと歩みを止めて流れ落ちる滝水を見やれば、行永法師が旅人のためにと、水を汲む姿も浮かんでくるの。ヒマラヤザクラと紅葉に加えて寺社の開創縁起に纏わる昔話と云う、一石三鳥の欲張りな今回のお散歩でしたが、訪ねてみると、思わぬところに意外な発見があるものね。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥

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【 参考文献 】
学生社刊 平野栄次著 品川区史跡散歩
雄山閣刊 大日本地誌大系 新編武蔵風土記稿
角川書店刊 鈴木棠三・朝倉治彦校注 新版江戸名所図会
その他、現地にて頂いてきたパンフ・栞など






どこにもいけないわ
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