≡☆ 鴻巣ポピー・ハッピースクエア ☆≡
2009/05/23

埼玉県鴻巣市の荒川河川敷には日本一の栽培面積を誇るポピー畑があり、開花期にはさまざまなイベントも催されると知り、出掛けてみたの。そのポピー畑から少し離れたところではムギナデシコも咲き乱れていたの。併せて紹介しますね。

ポピー・ハッピースクエア

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荒川に架かる御成橋から下流側の河川敷いっぱいに広がるポピー畑がポピー・ハッピースクエアで、広さは何と125,000m²もあり、東京ドーム約2.5個分に相当するのだとか。さすがは日本一広いポピー畑を自称するだけのことはあるわね。その圧倒される広さの畑には、何とこれまた1,000万本ものポピーが植えられているの。加えて、ここではカルフォルニア・ポピーも植えられているので、遠くから眺めたときの色彩のグラデーションがとても素敵なの。訪ねたのは 2009/05/23 のことですが、翌日と合わせた2日間はポピーまつりが開催され、各種イベントも行われていたの。

そのポピー畑から少し離れたところでは ムギナデシコ が一面に咲き乱れていたの。事前の下調べではムギナデシコの花まつりの開催が一週間程前のことでしたので、訪ねる頃には見頃を終えていて、期待できないかも−と予想していたの。それが思いもよらず、満開のムギナデシコを見ることが出来、一度で二度美味しい体験が出来たの。後で知ったことですが、そのムギナデシコ畑の広さにしても24,000m²もあるのだとか。ポピー畑の広さとは比べようもないのですが、それでも充分な広さよ。

ムギナデシコを見終えて再びポピー畑に戻り、畦道に設けられたベンチでしばしの休憩タイム。これだけ広いと見応えもあるけど歩き出もあるの。お休みしたところで後半戦 (^^; へと出発しましたが、ポピー畑の圧倒される広さと色彩のみごとさはξ^_^ξの拙い写真ではとても伝えきれるものでは無いわね。是非、皆さんもお出掛けの上で御観賞下さいね。ポピー畑の一面に咲き誇る花々を瞼に焼き付けてから帰路につきましたが、帰りも同じようにコミュニティーバスのフラワー号を利用、鴻巣駅に着いたところで東松山駅行のバスがあることを知り、ひょっとしたらバスの車中から河川敷一面に咲くポピーを写真に収めることが出来るかも知れないわ−と、ひそかに期待して乗り込んではみたのですが、御成橋を渡り始めたことに気付くのが遅れ、慌ててカメラを取り出した時には既にポピー畑は後方に流れ去っていたの。(^^; 再訪する機会があれば、今度こそ橋上からねらってみたいわね。


最初に見掛けた情報提供サイトには電車・バスを利用する際のアクセス方法としてJR高崎線の鴻巣駅西口下車徒歩35分とあり、公共の交通手段に頼らざるを得ないξ^_^ξとしては他に選択の余地が無さそうに思えたのですが、救いの手を差し伸べてくれたのが 鴻巣市 が運営するコミュニティバスのフラワー号だったの。追体験される場合には、給食センター前BSで下車したら給食センターの北側(センターと道との間に民家がありますが)にある脇道に折れて下さいね。50mも歩けば右手には小さな観音堂、左手には鴻巣市立第二体育館が見えて来ますが、それを過ぎれば常勝寺の駐車場があるの。バス停からだと、都合200m位かしら、そこまでくれば視線の先に一面のポピー畑が見えて来るの。

ところで、何故にバスの愛称がフラワー号なの?と思われるかも知れないわよね。調べてみると、鴻巣市は「ひな人形と花のまち」をキャッチフレーズに、現在ではサルビア・プリムラ・マリーゴールドなどは日本一の出荷量を誇り、花卉の一大生産地として知られているみたいね。そのルーツは、今から70年程前の昭和23年(1948)に武内武之助氏が始めたパンジー栽培だとか。栽培農家も現在では200軒を越え、春先には今回訪ねる「ポピーまつり」の他にも市内各地でフラワーフェスティバルが行われるの。市役所の業務取扱窓口にも市民の花いっぱい運動に対して支援活動を行う「花かおり課」が設けられるほどの力の入れようよ。日本一の栽培面積を誇るポピー畑には、他の市町村には負けられない鴻巣市の意地とメンツが懸かっていると云うわけね。(^^;

河川敷ですので普段はお手洗いなどのアメニティーは無いの。訪ねた時には特設会場に簡易トイレが設置されていましたが、
イベントの無い平日のことは分かりませんので、平日にお出掛けの際には事前にトイレ休憩を済ませておいた方が良さそうね。

















ポピー 日本一の広さのポピー畑に1,000万本もの花が咲き誇る姿はまさに圧巻ね。ポピーの別称・虞美人草の名は項羽とその愛人・虞の逸話に因むの。有名な四面楚歌の場面では劉邦軍に取り囲まれて覚悟を決めた項羽が最後の酒宴をひらき、虞の舞う姿に「虞や虞や汝を奈何せん」と嘆き、やがて愛馬と共に敵陣へと突入していくのですが、虞もまた項羽の足手纏いになっては−と自刃して果てるの。その後、虞の亡骸を葬った塚には夏になると真紅の罌粟の花が咲くようになり、誰云うことなく虞美人草と呼ぶようになったの。花言葉ではないけれど、二人の間は多くのいたわりと思いやりで結ばれていたのかも知れないわね。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥‥
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