≡☆ 郷愁誘う青森最果紀行 ☆≡
2002/10/12 - 2002/10/14

津軽半島の龍飛岬の突端に立ってみた〜いという思いから一年越しの旅でした。思わぬことから寝台特急「はくつる81号」の最終運行便に乗車することも出来、天候にも恵まれて感激の連続でした。尚、2002/12/01 の東北新幹線八戸延伸に依り、列車ダイヤや料金などは大幅に改正されているの。と云うか、寝台特急の「はくつる」も、在来線特急の「はつかり」も廃止されていますので、参考にされる場合には御注意下さいね。補:一部の画像は拡大表示が可能よ。見分け方はカ〜ンタン。クリックして頂いた方には隠し画像をもれなくプレゼント。(^^;

一日目:青森ベイ・エリアと浅虫温泉

1.JR上野駅 うえのえき 21:45発 ( 2002/10/11 ) 14番線

乗車券 今では廃止となってしまった寝台特急「はくつる81号」に乗車。583系車両を使った客車三段式の寝台特急で、この日が最後の運行でした。2002/11/30 に一ノ関〜青森間で上下合わせて二本の臨時運行がありましたので、厳密には最後の運行ではないのですが、上野発の定期運行としては最後と云うことで御了解下さいね。B寝台:¥6,300(下段)¥5,250(上中段)特急券:¥3,150 乗車券:¥10,190

当初は通常の寝台特急「はくつる」に乗車する積もりで旅行会社には早めに予約を入れておいたのですが、座席が確保出来ないという連絡を受けて旅行自体を半ば諦めかけたのですが、「はくつる81号」という臨時列車なら空席があり、押さえてありますが−と。もしや座席車両では?と訊くと、いえ、寝台のようですが−と。一年越しの計画でしたので、この際、寝台なら何でもいいから−と勧めに応じましたが、この時点では「はくつる81号」が鉄道マニア羨望の車両だなんて全く知らなかったの。

無知なξ^_^ξは勧められた寝台特急がどんなものか調べてみて初めてその凄さを知りました。旅行会社の方もそんなに人気のある車両だとは思わずにいたと思いますが、そんな記念すべき列車に乗車出来るようにしてくれたことに感謝、感謝。けれど乗車したくても席がとれずに悔しい思いをされたマニアの方も大勢いらしたみたいで、ξ^_^ξのような能天気な輩が乗車したとあっては殴られそうね。マニアの方、ごめんなさいね。

はくつる はくつる 左端は入線する「はくつる81号」を捉えて収めた内の一枚ですが、前で撮影する人の頭が邪魔(^^: でしたが、恐ろしくて「どいてよ〜!」なんて云えませんでした。皆さん、目が血走っているようで。何でも、マニアの方に依ると、運転席の頭上にあるライトが点灯していることに意味があるのだとか。停車中は消灯してしまうからだそうですが、う〜ん、奥が深い。

放列 撮影に夢中のマニアの方々を失礼して撮らせて頂きました。停車中の先頭車両を撮影しているのですが、この中に割り込んで撮影する勇気がξ^_^ξには無くて。ド素人を寄せつけぬ無言のオーラが集団の中から発せられ、それに打ち勝つオーラを持つ者だけがカメラの放列に参加出来るような、そんな世界がホームにはありました。行き交う方々も何事かと視線を投げかけていました。

車内 車内 左掲は列車内の様子よ。車両の方も撮影したのですが、風雪に耐えたというか、労苦に耐え、ボディーはあちらこちらで波打ち、茶色の腐食。ちょっと痛々しいので写真の掲載は見送りました。嘗ては日中を通常特急として、夜は座席をベッドに作り替えての寝台特急として昼夜違わず運行。高度成長期を支え、今、まさに有終の旅を迎えようとする姿に、マニアならずともいたく感動を覚えてしまいました。

2.JR青森駅 あおもりえき 6:58着

青森駅に降り立ってみると、ここにも大勢のマニアの方がいらっしゃいました。上野駅での撮影が出来無かったこともあり、時間の余裕がありましたので人が少なくなるのを待ってξ^_^ξも何枚か撮影してみました。ここでは有終の旅を終えた「はくつる81号」が車庫に回送されて行くのを見届けてからホームを後にしました。勿論、駅の改札では乗車券に記念のスタンプを。

駅前に降り立ち、先ず最初に驚かされたのは10年程前に来た時とは様相が一変していたことでした。以前訪れた際には素通りして終えた青森市内を散策しようと思っていたのですが、早朝の到着ですので、どの施設も未だ営業していないの。と云うことで、先ずは善知鳥(うとう)神社に向かいました。

食堂 左掲は善知鳥神社に向かう途中で見つけた「おさない食堂」です。腹が減っては戦は出来ぬ−と、朝食場所にはAUGAの市場食堂を想定していたのですが、ガラスケースに入る朝定食の文字につられて入りました。普段、まともに朝食なんてとらないくせに、旅に出ると不思議とお腹も空くのよね。余談ですが、店内に入ると壁に「ホタテの貝焼き」のお品書の張紙が。朝は無理かしら?と訊ねてみると出来ますよ−と。朝定食:筋子定食、たらこ定食 ¥650

ξ^_^ξは殻付きのホタテを想像していたのですが、出て来た代物は帆立貝に似せたアルミ皿にスクランブル・エッグみたいな玉子とじ。あれ〜ちょっと違うんじゃあないの?と思いつつ、出て来てしまった以上キャンセルも出来ず、何が入っているのかとこじ開けて(^^; みるとホタテの貝柱が食べ易い大きさに切られていたの。食べてみるとこれが美味しくて。味付けも良かったし、フワ〜っとした卵の食感が何とも云えないの。肝心のホタテも生のようでいて生ではない微妙な火の通り加減。身がプリプリしていてホタテの素材の甘みが伝わってくるの。青森の郷土料理のようで、この先浅虫温泉や龍飛岬の宿泊先でも出て来たのですが、おさない食堂の貝焼きが一番美味でした。味見した連れの2人も美味しさにつられて追加オーダーしたほどよ。こういう郷土料理は割烹料理とかホテルではなく、地元の方々が利用する処にこそ本当の味があるのよね。ξ^_^ξお薦めの逸品よ。肝心のお値段ですが¥850だったかしら。違っていたらごめんなさいね。

AugA 遮光器土偶 姫リンゴ

駅前の景観も大分変わり、綺麗な街造りになっていました。左側のガラス張りの瀟洒な建物がAUGAです。地下1Fにある市場食堂が早朝の5時から営業していますが、おさない食堂で朝食を済ませてしまいましたので、今回は立ち寄りませんでした。市場食堂の詳細は Festival City AUGA を御参照下さいね。沿道には写真のような遮光器土偶のレプリカも置かれ、街路樹の姫リンゴの木には可愛らしい赤い実がなっていました。道路沿いと云っても空気が綺麗なのでしょうね、葉も青々としているの。それを良いことに、食後のデザートにでもと一粒頬張ろうとしたのですが、止めなさいよお〜の連れのことばに断念。(^^;

3.善知鳥神社 うとうじんじゃ 8:32着 8:57発

善知鳥は青森の古名で、この善知鳥神社は云わば青森発祥の地でもあるの。写真は奥の院の社殿ですが、この前には木造の大きな拝殿がありました。境内には昔の潟の名残りと云われる池がありますが、辺りには10月だというのにタンポポ、あやめ、紫陽花、レンゲが花を咲かせ、果てはスギナも出ていました。神社の御神域とあって、ここでは季節も俗世間とは違う歯車で廻っているみたいね。拝観料:境内自由

社務所の一角には剥製が展示されていますが、説明に依ればこのウトウ、嘗ては青森港でも生息していたのですが、現在では北海道の天売島、宮城県の金華山沖が主な生息地で、ここ青森では平成8年(1996)に青森市油川漁港沖で数羽確認されたのみになってしまったとか。その青森も寛永2年(1625)の青森港開港まではこの鳥に因み、善知鳥村と呼ばれていたと伝えるの。

ウトウは個性が非常に強く、一方で親子の情愛が非常に深い鳥であるとも云われているの。因みにウトウとはアイヌ語で嘴が突起している状態の意だそうですが、善を知る鳥と表記するあたりは暗示めいた名称の鳥ですよね。おまけに不変の愛ともあるし。この絵馬の傍らには奥州街道終点記念の碑も建てられていました。詳しいことは 善知鳥神社 を御参照下さいね。善知鳥の由来などが詳述されていますよ。

4.青い海公園 あおいうみこうえん 9:02着

公園 公園

駐車場脇が親水公園として整備され、アスパムを取り囲むようにしてプロムナードが造られていました。生憎と北海道は見えませんでしたがベンチに座り、の〜んびりと過ごすというのもいいですね。水が流れる段々滝もありますが、残念なことに水は止められていました。水辺が恋しくなる夏場には子供達が流水と戯れるのに絶好の遊び場になりますね。

手摺りから身を乗り出して海面を覗いたら無数の小魚が泳いでいました。時折大きな魚影も走るので、何の魚かしら?なんて目を凝らしていると、写真のような物体が流れて来ました。泳ぐというよりは、潮の流れに身を任せていましたので、最初は何かの死骸かと思ったのですが、どうみても生きているようで。何なのかしら、この生き物。コブシメ?

5.青森県観光物産館・アスパム あおもりけんかんこうぶっさんかん 9:38着 10:17発

入場券 13Fの展望ラウンジにて共通入場券を購入したのですが、この時は缶入奥入瀬珈琲の特典付きでした。珍しいので記念品として持ち帰りましたが、未開封状態なので味の方は?のままよ。詳しい情報は 青森県観光物産館アスパム を御参照下さいね。展望はと云えば、訪ねた時には生憎と海上が霞み、残念ながら北海道を望むことは出来ませんでしたが、陸奥湾や青森市街が一望出来ました。

澄んだ時には津軽半島や下北半島、八甲田山系の山並みも見ることが出来るそうですが、青森市街を散策する際には一度展望ラウンジに立ってみることをお勧めしますね。ジオラマを見ているようで互いの位置関係が立体的に掴めますよ。展望台入場料:¥400 パノラマ館入館料:¥600 セット券:¥800 アスパム、八甲田丸 共通券:¥1,100 左記二館+浅虫水族館 共通券:¥1,600

青森県観光物産館という正式名称が示す通り、ここでは青森県の全てが分かるの。そして何よりも感激したのが1Fにある青森県観光総合案内所。青森県の宿泊や観光施設のパンフレットに番号が振られて展示してあり、用紙に希望の番号を記入して係りの方にお願いすると分けて下さる仕組みになっているの。早速申し込みましたが快く応じて下さり、色々なパンフレットをお願いしたので大きな封筒に入れて下さいました。その封筒には

四季が彩る青森路 北彩紀行
:北国青森 :変化に富んだ四季の彩り 紀行:物語性のある旅

と書かれ、そっかあ〜、紀行というのは物語性が無きゃダメなんだ。となると今回の−郷愁誘う青森最果紀行−はどうなっちゃうのかしら?単なる観光旅行だから物語性なんて無いし、ま、いっか。

上段の大きい方が車専用の道路橋・青森ベイブリッジ、下に見えるのが歩行者用のラブリッジになるの。そのラブリッジを渡り切ると、歩行者の方でもベイブリッジの展望室へ登ることが出来ますよ。反対側には無料休憩室があり、2Fが展望台になっていますが、殆どの方はベイブリッジの方に行かれるようで、こちらの休憩室は誰も立ち寄ろうとはしませんでした。でも、八甲田丸を背景に記念写真を撮るにはベスト・ポジションなの。

6.青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸 せいかんれんらくせんはっこうだまる 10:41着 12:10発

左端はメモリーストリートからの青函連絡船・メモリアルシップ八甲田丸を撮したものよ。今にも北海道に向けて出航しそうな雰囲気の八甲田丸ですが、今となってはその錨をあげることもないの。残念ながらξ^_^ξは乗船する機会も無いままに連絡船は廃止されてしまいました。

青函連絡船は昭和63年(1988)に廃止されてしまいましたが、その連絡船の八甲田丸がそのまま 記念館 になっているの。この八甲田丸の就航期間ですが、初就航はS39(1964).08.12で、終航がS63(1988).03.13ですので、24年間も働いたことになるの。極太の舫い綱で係留されてしまった今となっては再び出航することもあろうはずもなく、寂しげな佇まいに見えてしまうのは、つまらない旅人の感傷ね。写真には映りませんが、画面右側には津軽海峡冬景色歌謡碑が建てられているの。前を横切ると突然埋め込まれたスピーカーから石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」が流れるの。入館料:¥500(但し、単独観覧の場合)

記念写真 マイクを握った積もりの連れが歌謡碑の前で写真を撮れとポーズを取るので勢いに任せてシャニムに撮ったのですが、お蔭で肝心の歌謡碑だけの写真を撮るのを忘れました。(^^; 頭上には三沢基地に向かう編隊ヘリの爆音をバックに、しばし賑やかなひとときでした。「津軽海峡冬景色」をフルコーラスお聞きになりたい方は是非御立ち寄り下さいね。因みに同館受付の左側に、記念写真用にと船長の制服と帽子が二着分用意されています。自由に借りることが出来ますので是非制服を着用しての記念のお写真を。ここでも連れが早速それを着込んで写真を撮れとせがむもので入口のドアを出たり入ったり ・・・受付の方、すみませんでした。

左掲は津軽海峡文化コーナーに展示されていた大正時代の風俗の一コマです。欲を云えば展示物の前に立ったら会話がテープで流れたら面白いのにと思いますね。ニシン漁のやん衆三人が湯呑茶碗で酒を飲んでいる光景もありましたが〜わだばニシンばおらんかったば喰ったりかねだりホイドの朝飯だったべさ〜なんて会話が流れてきたら当時の生活や世相等がより一層理解出来たと思いますね。But 文中の方言が正しいかどうか不詳です。間違っていたらゴメンナサイね。

車両甲板には実物車両が展示されているの。それにしても、船腹に列車ごと積んでしまえ−とは凄いことを考えたものだと感心してしまいました。頂いたパンフレットに依ると最大積載可能車両数はワム系車両換算で48両だそうよ。右端は八甲田丸の心臓部。エンジン1基が1,600馬力で、それが8基あるそうですが、桁違いの数字にその凄さが想像出来ないわ。おまけに排気ターボ付だそうですが、無知なξ^_^ξはターボ付エンジンってそんなに昔からあったのねと感心するのみで。実際に動いている時の轟音を是非聞いてみたかったですね。

7.ドトール青森駅店 どとーるあおもりえきてん 12:20着 12:52発

朝御飯をしっかり食べたせいかお腹も空かず、10月だというのに半袖で歩ける位の陽気でしたので喉が乾き、列車時間の待ち合わせを兼ねてドトールへ。この調子ではお昼御飯抜きになりそうだけどブツブツ云われないかなあ−と密かに危惧するξ^_^ξでした。

8.JR青森駅 あおもりえき 13:07発

列車 改札を済ませて列車に乗ろうと跨線橋を歩いていると、御覧のような「青森ベイブリッジ」の景観が目に留まりました。支柱脇に屋根付きの建造物がありますが、前述の展望室よ。青森駅から乗車した列車は僅か二両編成の可愛いい列車でした。跨線橋から先頭車両を撮影していたら運転手の方が身を屈めて下さいました。それともただ単に顔を映されるのが嫌だったのかしら?運転手さん、ごめんなさい。乗車券:¥320

9.JR浅虫温泉駅 あさむしおんせんえき 13:28着

浅虫温泉観光マップ 待合室でキョロキョロしていたら観光案内所がありましたので、浅虫温泉観光案内図を戴きましたが、皆さんも是非頂戴してみて下さいね。すごく分かりやすい地図の上に、可愛らしいイラストでξ^_^ξは気に入ってしまいました。ホント、少女趣味なんだからあ〜 (^^;

浅虫温泉駅前のロータリーの端に写真のような足湯があり、岩の隙間から温泉がチョロチョロと湧き出しています。混浴(笑)の温泉で、入浴自由。ちょっと温めのお湯ですが、時間を掛けてゆっくりと浸かる方が温泉の効き目があり、脚には良いのかも知れないわね。傍らには湯上がりのひとときを寛ぐための椅子なども置かれていました。皆さんも是非お立ち寄り下さいね。

宿泊予定の海扇閣が目と鼻の先でしたので手荷物を預けた上で浅虫水族館に向かいました。最初は駅前通りを歩いていたのですが、海が直ぐ側に見えるのなら海沿いを歩きたくなりますよね。媒川という川の手前で左折(遊覧釣船発着所の看板がありますので直ぐ分かります)して国道4号線を横断します。寄り道して正解でした。視界の向こうには綺麗な砂浜が拡がり、浅虫温泉のシンボル的な湯の島や裸島が間近に見られます。やはりアスファルトで覆われた道を歩くより、さざ波の音を聞きながらの散策の方が気持ち良いのに決まってますよね。

10.サンセットビーチあさむし 14:02着

案内図 国道を渡ると直ぐの所に橋が架けられていますがその名も「なかよし橋」。仲良く手を繋いで渡らなきゃダメなんだからあ〜と手を取られての横断。(^^; 橋の上から水面を覗くと底にアマモのような海藻が沢山生えていましたが、この地でジュゴンを見かけたという話も聞かないし、アマモとは違うのかしら?。幾れにせよ、それだけ水が綺麗だってことですよね。橋を渡りきった先には写真の浅虫海浜公園の案内図があります。

湯の島 裸島 砂浜から見た浅虫温泉のシンボル的な存在の「湯の島」です。島内には弁財天が祀られているそうですが皆さんどうやって参詣するのかしら?右に転ずれば何やらローソク岩みたいな島が目に止まりましたが「裸島」と呼ばれる小島で、草木も生えぬ島となってしまったのには理由があるの。土地の人達の間で語り継がれる昔話をちょっと紹介してみますね。

むか〜し、昔、麻蒸のとある村に働き者の嫁がおったそうじゃ。その嫁には乳飲み子がおったのじゃが働き者でのう、その日も赤児を籠に入れていつものように畑を耕しておった。ところがじゃ。それまで静かに眠っていた赤児が急に泣き出してのお、振り返るとそれはそれは大きな鷲が赤児の入る籠を掴むと今にも舞い上がろうとするところじゃった。驚いた嫁は−おらのこどもに何するだあ〜と、もう夢中で駆け出したんじゃが一足先に鷲の方は籠を掴んだまま大空に舞い上がってしまったのじゃ。

嫁は赤児を取り返そうと必死に追いかけたんじゃが何せ相手は空を飛ぶ鳥じゃ。山を越え、峠を越え、海の方へと飛んでいったのじゃが、やがて棒のように突き出た島の上に舞い降りて籠を降ろしたんじゃ。嫁も僅かに生えた小さな木の枝や草を掴みながら必死で登ろうとしたんじゃが身体の重さに耐えきれず、途中で皆折れてしまうんじゃ。それでも嫁は諦めず必死じゃった。

やっとの思いで島のてっぺんに辿り着いてみると不思議なことに鷲の姿は何処にも無く、籠に入れられた赤児だけが泣いておったそうじゃ。嫁は我が子を抱き締めて頬ずりして喜んでのお、鷲も親鳥だったに違いないと思ったそうじゃ。我が児を思う母親の気持ちが鷲にも通じたのかもしれんのお。この時、島に生えておった草木が皆抜けてしまって岩肌が剥き出しになってしまったんじゃ。それからというもの村のもんはこの島を裸島と呼ぶようになったそうじゃ。なんでも裸島が赤いのは嫁の指から流れ出た血が岩を染め上げたせいだそうじゃ。とんとむか〜し昔の話しじゃけんのお。

善知鳥神社のウトウといい、裸島の昔話といい、親子の情愛の深さを思い知らされる旅でした。

11.浅虫水族館 あさむしすいぞくかん 14:23着 15:48発

水族館 建物の大きさよりも先ず駐車場の大きさに驚いてしまいました。けれど駐車している車の台数は極僅か。エントランスを抜けると同水族館のマスコット・キャラクター、ラッピーとハッピーの着ぐるみが置いてありましたが、連れにはお魚よりもこちらの方が良かったみたい。ハッピーに抱きつき写真を撮れと催促。ξ^_^ξが少女趣味なら連れもさして変わりなく。(^^;入館料:¥1,000

お気に入り お気に入り エントランス・ホールを抜けると一曹の水槽に御覧の魚がポツネンと。名前は分かりませんが−お前、何しに来たんだよお〜と云われているようで。見ている積もりでも逆に見られているような不思議な気分になりますよね。替わって右側はレンズを向けてもジイ〜っとこちらの様子を窺っていたヤツ。お前、写真撮るんヘタちゃうかあ〜。ようけ撮らんとイテコマシたるでぇ〜。(^^;

そして一番興味を引かれたのが希少淡水生物の小さなコーナーで、中でもイワナやヤマメの泳ぐ淡水魚コーナーでした。旅行に出る前にたまたま青森県出身の川上健一氏の『雨鱒の川』を読み終えていたのですが、主人公の少年が雨鱒との関わりを通して成長していく姿が描かれているの。メダカは身近に見て育ちましたが、さすがにイワナやヤマメといった清流に住む魚を自然の中で見ることはありませんでした。ましてや雨鱒の実物など見たことが無く、どんな姿形をした魚なのか気になっていたの。

雨鱒ァ、もっとずっと上流の方さいる魚っこだ。ほれで、オスの雨鱒ァ、ずっと上流さ居るけんども、メスの雨鱒ァ、海さ下って大っきぐなるのよ・・・〔 中略 〕・・・へでな、ちょんどいま頃、大雨が降った時に、海がらのぼってくるのよ。オスのいるずっと上流さいって、卵産みにな。雨降った時に川さのぼってくるすけ、雨の時の鱒だすけ、雨鱒ってへるのよ

老人が少年に雨鱒を語る部分を引用させて頂きました。水族館の説明に依ればイワナ、ヤマメ、アメマス、ヒメマスは幾れもサケ科の仲間だそうで、一生を淡水域で過すものと海へ下るものとがあり、生活域の違いで呼び名が変わるの。
イワナ=渓流で一生を過す。ヤマメ=サクラマス エゾイワナ=アメマス ヒメマス=ベニザケ

思わぬ機会に雨鱒の実物に出会うことが出来て感動ものでした。他にもメダカやザリガニなどの絶滅危惧種が展示され、在来の生態系を破壊する外来魚としてバスやブルーギルなども紹介されていましたが、彼らとて好んでこの地にやって来た訳でも無く、全て人間の営みの成せる業。農薬の使用、護岸工事なども人の営みなれど豊かになろうとするは人の必定。改めて自然保護の難しさを考えさせられてしまいました。気になる浅虫水族館の情報は 青森県営浅虫水族館 を御参照下さいね。

12.海扇閣 かいせんかく 16:16着

海扇閣 夕陽 夕陽 夕陽

左端が国道側から見た同館の全景ですが、全室が海に面していますので、お部屋からの眺望は申し分ないの。お部屋には堀炬燵もあり、寒い季節には嬉しい仕様ね。季節は未だ10月でしたので使用されていませんでしたが、降り積もる雪を見ながらの雪見酒な〜んて乙だなあと。けれど仲居さんのお話しによると、時には2m近くも積もる時があるそうで。う〜ん、考えただけでもぞっとしてしまう ・・・。替わって右側はお部屋からの夕陽よ。パンフにある−最高の夕陽が見られます−の謳い文句は嘘ではないわね。穏やかな夕暮れは黄金色の絨毯を敷き詰めたようで、夕陽が沈み込むまでしばし見とれていました。同館パンフに展望浴場からの夕陽の写真が紹介されていましたので、連れの2人は早速カメラを持って入浴に行きましたが、出来上がってきた写真は湯煙りの向こうに何やらぼう〜と映っているのみで。(^^;

夕餉 左掲は食膳の様子ですが、懐石風の会席料理でした。そうとは知らず最初に並べられた料理に些か物足りなさを感じたのですが、温いものは温い内にと料理が二度三度と持ち込まれて来ました。お酒も飲んでいたのですが、仲居さんがタイミングを気遣って下さり、こちらのペースで運んで下さいました。懐石風を謳いながらも、出す側のタイミングで仕切られてしまう旅館が多い中で嬉しい心遣いでした。都度交わされる会話も素朴でいながらユーモアのある仲居さんで、お話しを聞くのが楽しく、ついつい甘えて2時間近くもグダグタと食事をしてしまいました。

お名前を頂戴するのを忘れましたが、555号室を受け持って下さった方です。お世話になりました。余談ですが、もう一つ忘れられないのが、地酒の美味しいのが飲みたいと我儘を云うとわざわざ板長に聞いて来て下さいましたが、勧められたのが鳳瑞と豊盃でした。どうせなら両方飲んでみようよ−と呑兵衛な連れのひとこと。これがまた美味しかったのですが、気を良くしてお土産に買い求めようとしたのですが、残念ながら売店では扱ってなくて、その内何処かで売っているでしょうからその時にでも−と思っている内に忘れてしまいました。後で領収書を見たら一合¥1,200でした。道理で美味しいワケね。(^^;

何かこうやって書くと呑兵衛みたいですが、決して決して。最近は胃袋も小さくなり、食事の際にビールだと酔う前にお腹一杯になってしまい、ある時勧められるままに日本酒を飲んだのですが、料理の味を邪魔しないことに気付きました。味噌汁にパンなんて合わねぇだろう、同じように和食にはやっぱ米のとぎ汁だあ〜とは知人の弁ですが、以来専ら日本酒です。連れが元々日本酒党というのも多分に影響していますが。連れと2人で4合も飲んだりして、やはり呑兵衛に入るのかも知れないわね。(^^;

舞台 写真は同館のパンフからですが、ロビーにある舞台で津軽三味線の実演があると聞いて食事を終えてから降りてみました。舞台の前には椅子が並べられていましたが、写真を撮ろうと思っていたξ^_^ξは一人離れて柱の椅子に座っていました。ところが、時間が経つに連れ見物客も多くなり、用意された椅子だけでは座りきれず、その内ξ^_^ξの隣にもどこかのオバさんが座りました。そこまでは良かったのですが、連れのオバさんが後から来たのを見つけて、カメラを置いていた僅かなスペースを指さして−あんた、何やってんの〜、いいから早くここに座んなさいよ〜。

で、いきなりそのオバさんがお尻を向けたので慌ててカメラを拾い上げました。瞬間の出来事にアルコールの入ったξ^_^ξの某とした脳味噌ではカメラを拾い上げるのがやっとのことで。元々人が座れるだけの余裕があった訳でも無く、ξ^_^ξも詰めてみたものの、所詮無理がありましたが、そのオバさん、今度はお尻を左右に振って場所を確保しようとするの。満員電車で時折見かける、あの光景よ。席を変わりましょうかと声を掛けようとした矢先の出来事に、オバさん二人とスキンシップなんて真っ平御免と反射的に立ち上がってしまいました。20:30の開演を20:00からと勘違いして、誰もいない内から30分以上も待っていたξ^_^ξは何だったのかしら。

津軽三味線 写真は立見の方も大勢いらしたので最後尾からの一枚です。上述の理由からストロボの光量不足になってしまいましたが御容赦下さいね。普通、三味線というとまるっきり興味の無いξ^_^ξなどはトンテンシャンの世界を想像してしまいますが、津軽三味線はそれとは異質の世界。厳しい雪に閉ざされてしまう期間が長いせいか、奥底に蓄えられたエネルギーが対象となる三味線に叩きつけられているようで、故岡本太郎氏のゲイジュツは爆発だ〜の世界。津軽三味線ライブ 開演時間 20:30-21:00 無料

トンテンシャンの世界は単純な脳細胞しか持ち合わせの無いξ^_^ξには難解ですが、津軽三味線の世界は単純明快で楽しめました。最近は津軽三味線もちょっとしたブームのようで、テレビなどでも聞く機会が多くなりましたが、やはり生の演奏は迫力がありますね。因みにこの実演ですが、浅虫温泉特別企画の催しで、海扇閣以外の宿泊客でも自由に楽しめるの。気分良く楽しむためには是非当館に御宿泊頂き、早めに椅子席への御着席をお願い致しますね。

眺め

以下は、海扇閣での翌朝の個人的な体験と感想よ。

時間の余裕がありましたので朝食後にコーヒーでも飲もうよと1Fのラウンジへ。店内には青森県出身の方々の絵画等の美術品が展示されていますが、観るとは無しに見ながらコーヒーが運ばれて来るのを待ちました。しばらくすると画廊の女主人風情をした方が運んで来られたのですが、云われた言葉が判らず、思わず 「えッ?」 と聞き返してしまいました。「わかんねかった?」 何でもこの辺りでは雪が多くて吹雪くことも多く、のんびり口を開けていると雪が口の中に飛び込んで来るので、いつの間にかみんな言葉を詰めてしまうようになったのだとか。

例えば 「どさ?」「ゆさ」 で会話が成り立つそうよ。読んで下さっているあなた、この意味分かりますか?思わぬところで津軽弁についての由来や用例を聞くことが出来ました。結局、最初にどういう意味の言葉を云われたのか失念してしまいましたが、当館の方は皆さん(といっても仲居さんと2人だけですが)人懐っこいというか、旅人に優しい方々でした。因みに上の会話は 「こんな吹雪の中を何処に行くつもりなの?」 「あんまり寒いんで温泉に浸かりに行く途中なの 」 だそうよ。

のんびりとしている内にチェック・アウトの制限時間が近付いてしまい、荷物を持ってフロントに。手続きをしていると何時の間にやら担当の仲居さんが現れて玄関先まで見送って下さいました。雪が降る頃に又来てねえ。待ってるからねえ〜と。う〜ん、あの時の仲居さんの言葉の言い廻しは文字では伝えきれないようで。使っている言葉は標準語なのに津軽弁のイントネーションで云われるとふっと心が揺れてしまいます。云われた方は思わず頷いてしまうような独特の響きがありました。後片付けに忙しい時間帯でしたでしょうに、たかだかξ^_^ξ達3人のために最後まで心配りをして下さいました。頻繁に旅が出来るほど余裕がある訳ではありませんが、青森の地を踏んだ際には是非又宿泊してみたい宿です。わたしも宿泊してみようかしら?と云う方は 海扇閣 を御参照下さいね。

二日目:最果の地・龍飛崎

本州最北端はホントは下北半島なのに最果のイメージとなるとやはり龍飛岬ですよね。二日目のきょうはその龍飛崎を訪ね、大自然の織り成す景観に触れる前にはトンネル記念館やウインドパーク展示館を見学してみました。

13.JR浅虫温泉駅 あさむしおんせんえき 10:26発

青森駅まではたかだか15分程の乗車なので、旅行会社には自由席の積もりで頼んでいたのですが、ふと手許の切符を見ると指定席扱いになっていました。お蔭で東北新幹線八戸延伸に伴い、廃止の運命にあった「はつかり」、それも1号の記念切符が入手出来ました。乗車券:¥320 指定席特急券:¥1,140

14.JR青森駅 あおもりえき 10:40着 11:08発

浅虫温泉駅でははつかり乗車時の記念写真を撮ることが出来ませんでしたので、青森駅で連れの2人を相手に記念写真を撮っていたのですが、隣のホームには賑やかな塗装の車両が。それが「ドラえもん列車」でした。快速「海峡5号」に乗車することは決めていましたが、「ドラえもん列車」かどうかは事前のチェックでは不定期運行とあり、半ば期待して諦め半分でした。乗車券:¥480(蟹田迄)

それがこうして乗車出来るとあり小躍りしてしまいました。けれども青森から三厩までの乗車券は現地調達でしたので、人気車両だから席が無くなっては大変と、急いで乗車券を買い求め再び改札。よくよく考えてみれば車内清算という手もありましたね。それにしてもこんな列車が首都圏を走ったりしたら、子供達が大喜びして一大騒動になるんじゃないかしら?と思いますが、青森駅のホームは意外に静かでしたね。

15.JR蟹田駅 かにたえき 11:45着 12:01着

太宰治が小説『津軽』の中で思わず吐露した蟹田の評がホームに掲げられていますが、実際に小説を読んでみるとこの言葉だけが一人歩きを始めているようで、太宰治は同じく『津軽』の中で蟹田について次のようにも記しているの。

東北の海と言えば、南方の人たちはあるいは、どす暗く険悪で、怒濤逆巻く海を想像するかもしれないが、この蟹田あたりの海は、ひどく温和でそうして水の色も淡く、塩分も薄いように感ぜられ、磯の香さえほのかである。

蟹田駅 列車の発車時刻には未だ時間がありましたので、少しだけでも蟹田の息吹を感じてみようと改札を出てみたのですが、駅前はガランとしていて何もありませんでした。太宰は友人が住むことから度々蟹田の地を訪れていますが、辛口の批評が多い中で蟹田に関する記述はどことなく優しいの。太宰を優しくさせた蟹田を、機会を見つけてゆっくりと探索してみたいものですね。

左掲は乗車した三厩行の普通列車ですが、運行本数が少ないにも関わらず空席が目立ちました。列車を利用して龍飛崎に行かれる観光客の方はやはり少ないようですね。乗車した列車は今では珍しくなってしまったディーゼル車。電気仕掛けの瞬発力について行けないξ^_^ξは唸りをあげてゆるりと動き出す優しさが好きです。乗車券:¥570

16.JR三厩駅 みんまやえき 12:41着 12:50発

ホームに降り立ち、駅標に次の駅名が何も書かれていないのを見たξ^_^ξは感激してしまいました。最果の地に立ってみたいと三厩村のHPを何度訪れてみたことかしら。その度に自分の中で勝手なイメージが脹らんでいきましたが、それもまた旅の楽しみでもあり。他愛ないとお笑い召されるな、夢が一歩一歩実現して行く嬉しさよ。(^^;

左掲が三厩駅舎ですが、旅人の甚だ勝手な感想を云わせて頂けるのであれば、もっとサビれた風情を想像していましたので、ちょっと拍子抜けしてしまいましたね。余談ですが、翌日帰路の乗車券を買い求めたのですが、窓口購入でしたので密かに硬券を期待したのですが、プリンターで印字された、いわゆる今時の乗車券でした。JRの最先端システムは津々浦々まで行き渡っているようですね。青森市からバスに乗って、この東海岸を北上すると・・〔 中略 〕・・義経の伝説で名高い三厩に到着する。所要時間、約四時間である。三厩はバスの終点である。

太宰は同じく『津軽』の中で記述していますが、津軽線のお蔭で今では僅か一時間半。
サビれた風情を求める一方で利便性を期待してしまうというのはやはり旅人の我儘ですね。

パンフ 三厩駅の待合室には左掲のパンフレットがさりげなく置かれていました。A3程の大きさの厚紙を折り畳んだものですが、裏面に印刷された龍飛崎周辺案内図を見つけたξ^_^ξは思わず、これよこれ!と叫んでいました。実は今回の旅のプランを試行錯誤している時にガイドブックやネットを片っ端から調べてみたのですが、青函トンネル記念館や龍飛崎灯台などの主要施設が掲載された簡略な地図しか見つからず、加えて、小さすぎて互いの位置関係や距離が分からずにいました。あのどんな本でもあるという紀伊国屋書店まで出掛けて見たのですが、それでも納得出来るものがありませんでした。龍飛崎ではひたすら歩こうと思っていたξ^_^ξは、何処をどうやって歩けば良いのか皆目見当もつかず、些か不安を抱きながらの決行でした。こういった地図が事前にあればどんなに良かったことか。三厩村のHPには掲載されていませんので、下記の窓口に訊ねてみては如何でしょうか。但し、実際に問い合わせをした訳ではありませんので対応して頂けるかは定かではありません。スミマセン、無責任モードで。

岬には今日も元気な風が吹いています。−同パンフより−

三厩村水産観光課 TEL 0174-37-2001 〒030-1798 青森県東津軽郡三厩村字本町59
三厩村観光協会 TEL 0174-37-2002 〒030-1723 青森県東津軽郡三厩村新町18-1

実はこのパンフには別バージョンがあるの。青森県観光物産館アスパム1Fの青森県観光総合案内所で入手出来ますよ。内容は同じなのですが、こちらは冊子になっているの。携帯することを考えると胸ポケットに収まる上記のバージョンの方が便利なのですが、旅のプランを考えるにはどちらも秀逸な地図が掲載されていますよ。頂戴しておきながら帰途後に気付いた愚かなξ^_^ξでした。〒030-0803 青森県青森市安方1-1-40 青森県観光物産館アスパム内 青森県観光総合案内所 TEL 017-734-2500

駅前には御覧の村営バスが発車を待っていました。この村営バスですがそれまで青森市営バスが運行していたものが平成13年(2001)03月末で廃止されてしまい、三厩村が代わって運行開始したもので、それを知ったξ^_^ξは三厩村は偉い!と、つい拳を振ってしまいました。オマケにどこまで乗っても¥200。お蔭でこうして旅が出来るのですから感謝しなければいけないわね。その三厩村営バスですが、平成17年(2005)に蟹田町・平舘村・三厩村の三町村が合併して外ヶ浜町となったのを受けて、現在は外ヶ浜町三厩地区循環バスと改称されているの。

運行ダイヤなどの詳しい情報は、左掲の 外ヶ浜町 を御参照下さいね。
運行経路などはそのまま引き継いでくれてるみたいね。

三厩から浪打ち際の心細い路を歩いて、三時間ほど北上すると、竜飛の部落にたどりつく。小説『津軽』より

当時は歩けば3時間の道程も有り難い村営バスのお蔭で40分程の乗車時間で龍飛岬。
しかし、この距離を3時間で歩くとは太宰氏もかなりの健脚の持ち主だったみたいですね。

17.青函トンネル記念館 せいかんとんねるきねんかん 13:27着 14:53発

龍飛

バスを降り、遂に来た〜と一人感激して深呼吸をしていると、御覧の景観が目に留まりました。龍と飛の文字のバランスが取れていないのは御愛敬。振り向けば風力発電の風車。構想から実際の貫通までの期間が何と42年という歳月を掛けて完成された青函トンネル。 記念館 はその難工事に挑んだ人々の情熱と人間の叡智を後世に伝えるために建てられたメモリアル施設なの。

展示室 ここでの目玉は体験坑道ですが、その前にちょっとばかり予備知識を。展示室では地質を調べた際のボーリング・サンプルや極太のワイヤー・ロープなど、その質感を自分の手で触れながら確かめることが出来るの。体験坑道は案内係の方を先頭に集団で移動させられるので、どうしても団体ツアーの感じになってしまい、折角の展示も時間の余裕が無くて、おざなりの見学になってしまうの。時間が許すのであればこちらの展示室で予備知識を拾得されてから体験された方が面白いと思うわ。そんな難しい話はどうでもいいの!と云う方は体験坑道へ直行願いますね。入館料:¥300

体験坑道は青函トンネルの工事の際に実際に使用された作業坑の一部を展示ゾーンとして見学出来るようにしたものなの。海面下140m にあるという、その作業坑道へは日本一短い私鉄、その名も青函トンネル龍飛斜坑線が通じているの。斜坑線に乗車するだけでも貴重な体験かも知れませんね。海面下140mにあるという体験坑道駅には御覧のケーブルカーで9分余りで到着します。体験坑道乗車券:¥900

なあに〜、たったの140mなの〜と最初はバカにしていたのですが、実際に乗車してみるとトンネル壁面には照明があっても下り行く先の方は小さな穴にしか見えず、まるで丸い管の中を地中目掛けて際限無く下って行くような気分。日本一短いといっても778mありますので、途中でロープが切れたりしたらどうなるのかしら、地震が来て途中で停まったりしたらどうしよう−などと考えてしまいました。乗車する機会がありましたら是非進行方向の最前部に陣取り、じっと穴蔵の先を眺めていて下さいね。底知れぬ恐怖があなたを襲う ‥‥‥ (^^;

地下の体験坑道駅で降車。次の登り列車の発車時刻まで自由に徘徊出来ると思っていたのですが、ここではメガホンを持ったガイドさんが待ち構えていて団体行動でした。気が付けばいつものことながら最後尾を歩いていて、先頭を行くガイドさんが何を説明してくれているのか全然聞き取れなくて。僅か30分程度の滞在時間では残念ながらゆっくりと見ている余裕はありませんね。

証明書 体験坑道見学後に御覧の体験証明書が貰えちゃいます。
実は体験坑道乗車券を購入するとその裏側に印刷されてたりしますが。(^^;
受付の方に頼んで名前を書き込んで貰えば良かったかしら?

18.龍飛ウインドパーク展示館 たっぴういんどぱーくてんじかん 14:54着 15:12発

ジオラマ 龍飛ウインドパーク展示館は東北電力が運営する展示館で、風力発電の仕組みが分かり易く展示されているの。難しい理屈はさて置き、目に見えない空気の流れ〜風〜を視覚的に理解して貰おうと、体感的に遊べる趣向になっているの。中でも風速50mの風力体験コーナーはお薦めよ。写真はウインドパークの全景を空中撮影出来ませんでしたので、その代わりよ。(^^; 入館料:無料

風車 左掲は頂いたパンフからの借用ですが、ウインドパークに建つ風車の大きさを説明したものよ。下左側の黒い棒のように見えるのが人間の背丈ですので、実際の風車がどれだけ大きいのか想像して頂けると思います。説明に依ると、極端な強風、或いは弱風では回転を停止させるマイコン制御全自動運転システム、風速に合わせて翼のピッチ角度を調節するピッチ・コントロール、常に風上を捉えられるようにプロペラの方向を制御するヨー・コントロール・システムと、各種のコントロール機能を有しているの。素人目には、ただプロペラが廻っているようにしか見えませんが、それなりのテクノロジーが詰め込まれているのですね。

19.展望台広場 てんぼうだいひろば

紫陽花 ウインドパーク展示館の裏手に遊歩道入口の案内が控えめに立てられていますが、ここから歩いて5分程で展望台広場に出るの。紫陽花が遊歩道脇に植えられていますが、花の咲く頃は綺麗なアジサイ遊歩道になると思うわ。季節外れの一輪を見つけて一枚撮りました。

左掲は展望台広場から龍飛崎を望み見たものですが、画面右手に写る建物はホテル龍飛、中央に津軽海峡冬景色歌謡碑、その奥には階段国道の入口があり、一番奥のこんもりとしたのが龍飛岬になるの。写真では白く飛んでしまっていますが、岬の上に建つ龍飛崎灯台が見えるの。この展望台広場から国道へ降りる途中には、青函トンネル工事殉職者慰霊碑がありました。前代未聞の難工事に34名もの方々が殉職されたそうですが、津軽海峡を見渡すこの地で旅人の安全を見守って下さっていることと思います。合掌

20.ホテル龍飛 ほてるたっぴ 15:52着

玄関 龍飛漁港 夕餉

眼下に海を見下ろす高台に立地する同ホテルからは津軽海峡を航行する船や、遠く北海道側の陸地を望むことも出来るの。中央の写真はお部屋からの龍飛漁港の景観ですが、この原風景に憧れていたξ^_^ξは感激でした。ホテルには大浴場の岩風呂がありますが、残念ながら国道沿いにあるために眺望は望めないの。折角の立地ロケーションなので是非津軽海峡を見渡しながらの入浴をしたいところよね。夕食はサザエに鮑の踊り焼き付きの豪華版。ただ、ここには地酒の用意が無いのがちょっと残念。(^^;

夜景 食事を済ませてほろ酔い気分で窓辺の椅子に向かうと、いつの間にか無数の漁り火が遙か沖合いで輝いていました。初めてみる光景に感激し、部屋の明かりを消してしばらく見とれていました。近場にも数隻の漁船が漁り火を焚いて操業していましたが、係の方にお伺いしたところでは、こちらの方はイカ釣り船ではなく、餌釣り船だそうよ。龍飛漁港から出猟する船は専らこの餌釣り船。沖合いに見える灯りは漁り火ではなく北海道側の街灯りですが、その手前に餌釣り船の灯りがポツンポツンと見えるの。

一時間近く漁り火を眺めていましたが、龍飛漁港側を向いて座って居たので反対側はどうかしら?と窓から身を乗り出してみてビックリ。あの新宿の歌舞伎町も真っ青という位、漁り火が煌々と灯っていて、う〜ん、そんな表現じゃ生温いですね、輝きまくっていて、海上はおろか夜空までがほんのりと明るいの。ちょうど建物の陰に隠れてしまっていて気付くのが遅れたの。空を仰ぎ見れば見たことも無いほどの無数の星々が、まるでプラネタリウムを見ているよう。夜の景色にこれほど感動した記憶はないわね。

と、ここまでは良いのですが、もう一度宿泊したい宿かと云えばノーね。立地条件や食事等のハード面は上述したように申し分無かったのですが、ソフト面での対応は多々不愉快なことがありました。列挙したいのは山々ですが誹謗・中傷ととられても困りますので止めておきます。龍飛崎の景観の素晴らしさに−是非また来ようね−とは連れの2人の評ですが、再訪する際には今度は民宿・龍飛津軽屋さんか、サンライズさんを考えています。あの太宰治が宿泊したという奥谷旅館にも泊まってみたいな。

その奥谷旅館は平成11年(1999)に既に廃業されてたみたいね。ですが、うれしいことに平成22年(2010)04/25に龍飛岬観光案内所・龍飛館として新生オープン。太宰治が親友のN君と投宿してドンチャン騒ぎをした部屋も復元公開されているの。同館には龍飛岬の今昔を紹介するギャラリーなどもあって、観光案内所と云うよりもそれ自体が立派な観光施設。詳しくは前掲の 外ヶ浜町 を御参照下さいね。

三日目:最果ての地・龍飛崎(続編)

昨日に引き続き、龍飛崎周辺を散策してみました。景観の素晴らしさに時間を忘れ、到着時刻も控えませんでした。ですが、どのポイントも徒歩で10分足らずの距離ですし、全行程をゆっくり歩いても3時間程です。整備された道を歩くとは云え、アップダウンが続きますので、履き慣れた靴でお出掛け下さいね。

21.ホテル龍飛 ほてるたっぴ 9:00発

22.津軽海峡冬景色歌謡碑 つがるかいきょうふゆげしきかようひ

龍飛岬に来たらやはりこれを聞かずには帰れませんよね。碑に設置された赤いボタンを押すとやおら♪ごらんあれが龍飛岬北のはずれとお〜♪と御存知、石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」が朝の静寂を破り、龍飛の台地に大音量で流れます。この歌のお蔭で、本州最北端は下北半島なのに、最果ての地となると、ここ龍飛岬だと信じて疑わないξ^_^ξがいたりします。最果て旅情にどっぷりと浸かりながらの合唱ですが、大音量のお蔭で連れの多少の音程ズレも気にならないの。(^^;

けれど悲しいかな、ここでは歌詞は二番だけなの。一番の歌詞からフルコーラス歌いたいの!という方は前の頁で紹介した、メモリアルシップ八甲田丸の歌謡碑前でどうぞ。茶化してばかりでは申し訳ありませんので、背面に記される碑文を紹介してみますね。

国際海峡である津軽海峡から三厩村は限りない恵みを受けてきた。<中略>この小さな村の大きな心意気を広く内外に示すため村人は、津軽海峡と龍飛岬にゆかりのある不朽の名曲「津軽海峡冬景色」歌謡碑をこの地に建立した。願わくは龍飛観光ゾーンのモニュメントになると共に、ここを訪れる旅人の心と村人の心をつなぐ交流のかけ橋になることを祈るものである。

23.龍飛崎灯台 たっぴざきとうだい

津軽海峡冬景色歌謡碑から灯台へ向かう道の途中には階段国道の入口がありますが、先ずは龍飛岬の先端に立つべく灯台を目指します。階段国道入口の傍に嘗て旅館だった廃屋がありますが、その左脇から続く階段を登ります。岬の突端からの眺望も素晴らしいのですが、階段を登る途中から眺め見る景観も素敵ですよ。龍飛崎灯台は想像していたよりは小振りの灯台で、同じ敷地内に建つドコモの中継アンテナの大きさに負けそうですが、最果ての地に建つ灯台を見ることが出来た感慨はひとしおでした。無人化された灯台が多くなる中で、この龍飛岬灯台には職員の方が常駐されているの。朝早かったせいで登灯未体験で終えていますが、時間によっては内部の見学も可能みたいね。敷地内には季節外れのタンポポが無数に花を咲かせていました。

左端は岬の先端に残されていた旧海軍の監視所ですが、凍て付く寒さの中でも監視任務にあたっていたなんて柔なξ^_^ξには想像も出来ないわ。替わって右隣は現在の海上自衛隊のレーダー・サイト。麓には海上自衛隊龍飛警備所もありますが、軍事施設にレンズを向けただけでも罪を問われる国があるというのに、何のお咎めも無い日本はいいなあと思いますね。But この施設に阻まれて、岬の最先端に立つことが出来ないのはちょっと残念。右側の2枚は悔し紛れに撮影した龍飛岬の断崖ですが、太宰治が同じく小説『津軽』の中で山は奥羽山脈の支脈の梵珠山脈である。この山脈は津軽半島の根本から起こってまっすぐに北進して半島の突端の龍飛岬まで走って海にころげ落ちると書いた、ころげ落ちるところよ。

灯台を後にして階段国道に向かう積もりで坂道を下り始めたのですが、何やら人だかりしている場所がありました。それが駐車場で、お土産物屋さんが並びます。売られている土産物の中で一番気になったのが店先に吊るされたタコの足、アシ、あし。一夜干しのようでしたが、ここではスーパーのような切り売りでは無く、頭を切り落とした開脚状態で一匹丸ごと売られているの。タコのカルパッチョを毎日喰べる訳にもいかず、購入を断念。お手洗いの傍らではお店の方がバケツの水でタコの足をタワシでゴシゴシ洗っていましたが、香り付けも手伝って殊の外美味しいのかも知れませんね。(^^;

24.龍飛崎海岸遊歩道 たっぴざきかいがんゆうほどう

その駐車場の端から海を眺めていたら、御覧のような標識が目に留まりました。傍らには案内図も掲げられていましたが、これがあの遊歩道かしら?存在自体は知ってはいたのですが、左程の景観は望めないだろうと、予定には入れてなかったの。ガイドブックに遊歩道が記載されているので、いざ、つられて出掛けてみると草茫々で、さしたる景観も味わえなかったというパターンじゃないの−と勝手に判断していたの。ここでは車を降りると脇目もふらずに灯台を目指す方々ばかりで、この標識に興味を持つ人など誰もいませんでした。天の邪鬼なξ^_^ξはそれならちょっと様子を見て行こうよ−と連れの2人を促して海岸辺りまで降りてみることにしたのですが、これが結果的に大正解だったの。

整備された階段の遊歩道を降りて海岸に降り立つと御覧のような景観が。ここからは龍飛岬の険しい表情が眼前に迫るの。まさに龍飛岬が津軽海峡に転がり堕ちる様は圧巻ね。連れの2人も「 凄〜い凄〜い 」を連発。龍飛に来て良かったなあ〜とつくづく思える瞬間でした。画面には映りませんが、左上方に灯台が鎮座するの。波打ち際からはカラコロと美しい音色が聞こえてくるの。海岸というと普通は砂浜を連想してしまいますが、ここには砂浜は無く、代わりに小石浜が続いているの。小石が波に弄ばれながら奏でる不思議な音色。厳しい中にも龍飛岬の優しい表情がここにはあるの。中央の写真の岩の前に龍飛裏海岸遊歩道の立看板がありましたが、素敵な案内文が書かれていましたので紹介しておきますね。

龍飛の裏海岸を散策するこの遊歩道は
荒々しい岩肌に波の砕ける龍飛の自然を肌で感じていただくためのものです。
名前は裏海岸ですが、ここに本当の龍飛の素顔があります。

この景観を目にすることも無く龍飛崎を後にしてしまう方が多いように見受けられましたが、自分も危うくその内の一人になるところでした。この景観を紹介したガイドブックも見たことがありませんし、三厩村のパンフにも紹介記事がありません。この素晴らしい自然の景観は三厩村の貴重な財産。もっと多くの方に訪れて頂いても良いのではと思います。ξ^_^ξの拙い写真では実際に感じた迫力が伝えきれません。この頁を御覧頂いた方は是非御自身の目でお確かめ下さいね。

残念ながら当初の計画に無く、急遽立ち寄ったために時間の余裕も無く、降りた階段を再び登り駐車場に戻りましたが、この海岸遊歩道は1.3kmにわたり整備されているようね。どうして分からなかったの〜と連れから叱責されてしまいましたが、こんなに素晴らしいところだと最初から分かっていれば充分時間を割いた訳で。時間の余裕が無い場合でも責めてこの階段で降りて再び戻る−という最短コースをお薦めしますね。但し、戻る際には多少体力が必要みたい。標高差90mと大したことは無いのに階段を登り切った時にはハアハア、ゼエゼエ。連れの一人は、もうダメ〜死ぬう〜と草叢に倒れ込んでしまいました。(^^;

草叢に倒れ込む連れ一人に、身を屈めて肩で息する連れとξ^_^ξ。その姿に傍らで海を眺めていた方の冷たい視線が。それでも年配の御夫婦が興味を持たれたようで。見るとは無しに眺めていたら、意を決したように奥さまの方が歩き始められて。御主人の方は入り口に立たれたまま奥さまの後姿を見送っていらっしゃいました。御二人がその後どうなされたか見届けることも無く次の目的地に向かいましたが、あの感動の景観を目にすることが出来たのでしょうか。願わくは御夫婦揃って楽しまれたことと思いたいものですね。

25.階段国道 かいだんこくどう

駐車場から先程通り過ぎた階段国道入口まで戻りました。この崖を登るような狭い道を当時の担当者が地図の上だけで判断して国道と指定してしまい、そのお蔭で今でも車もバイクも通れないユニークな国道になっているの。入口にはレッキとした国道であることを示す国道339号の標識が立てられているの。361段の階段からなる国道ですが、どうせなら339段で止めておくとか、後4段足して365段にするとかの洒落っ気があっても良かったのでは?とは、旅人の無責任な発想かしら。

車を降りてやおら記念写真を撮る方、大型バスで乗りつけて入口に並び、記念写真だけ撮ると次の目的地に向かう一団の方々がいらっしゃいましたが、やはりここは自分の足で歩いてみたいものよね。さすがは国道よ、センターラインならぬ杭が真ん中に打たれ、上下合わせて二車線(?)になっているの。沿道には地元の方々の手によるものなのでしょうね、紫陽花や松葉ボタンが植えられているの。

中央の写真は階段国道の途中にある龍飛中学校跡地付近からの景観です。ネット検索していた際に見つけた景色ですが、龍飛に行ったら自分も必ず撮るつもりでいた憧れの風景でした。校舎跡地からの景観は静かに佇む龍飛漁港と帯島、雄大な津軽海峡を望むことが出来ますが、こういう恵まれた自然環境の中で育てば非行やイジメなんて無いのでは−と思いますね。青函トンネル工事で多くの方々が移り住み、一時は活況を呈した龍飛も、工事の完了に伴い、再び静かな村となったの。

そして夢にまで見たと云っては大袈裟かも知れませんが、憧れの階段国道の登り口の景観です。背後に建つ民家の板壁にへばり付くようにして撮した一枚ですが、画面上部に見えるはその民家の屋根なの。実際にこの場所に立つまでは一応は国道入口なのだから、もっと空間的に余裕があると勝手に想像していたのですが、最後の石段を降りると僅か数歩で民家の壁に突き当たるの。日常の生活空間に突如現れた非日常というか、異次元への入口のような景観に、能天気な旅人はいたく感激してしまいました。道はやがて民家の軒先をかすめるようにして龍飛漁港まで続くの。

途中には嘗ては旅館業を営んでいたと思われる建物もありましたが、新しい家々が建てられ、太宰が旅した頃の風情が残る街並みを想像していたξ^_^ξには意外な印象でした。青函トンネル工事の経済的な波及効果なのでしょうね。写真はその一角ですが、道路を強調したいあまりアンバランスな写真になってしまいました。これでも立派な国道なのよ。全国津々浦々探してみてもこんな景観を持った国道は無いでしょうね。朝揚がったばかりの魚を一輪車で運ぶ姿や、太宰氏ではありませんが、リヤカーで魚を売り歩く老婆の姿を見かけたら、つい買い求めてしまうような、そんな風情の漂う空間よ。民家の軒先を掠めて走る、この階段国道を抜けた目の前が龍飛漁港となるの。

26.龍飛漁港 たっぴぎょこう

ウミネコ 漁港には操業を終えて網を繕う漁師の方が数人いらしただけで、静かな時間が流れていました。ウミネコが波打ち際に群れていましたので、何をしているのかと近付いてみると、海面に顔を突っ込んでは小魚を捕まえていたの。見ていると面白いように獲れるの。帯島に渡る途中ではさびき仕掛けの釣り竿を持った少年に出会いましたが、聞けばアジが釣れるとのこと。冬の龍飛崎の厳しさを知らない能天気な旅人は−この地に移り住み、魚を釣る自給自足の生活もいいかも知れないわね−と。

漁船 橋の上から身を乗り出して水面を覗き込んでいると−あなたなんかに釣られる魚なんていないんじゃないの〜。ウミネコじゃあ無いんだから、毎日魚でどうするの?(^^; そう云えば、階段国道の途中に家庭菜園ほどの小さなダイコン畑が一つあっただけで、龍飛岬に来てからというもの、およそ、畑と云うものを目にすることが無く、厳しい自然は野菜も育たぬ環境かと、夢物語は小魚の餌になってしまったの。左掲は龍飛漁港に停泊していた漁船ですが、夕べの近海の漁火の正体がこれねと記念撮影。ホテルのお部屋係の方に訊ねた際には魚を釣るための餌取船と仰っていましたが、何を釣るのか、またその餌で何が釣れるのかは不明ですので、皆さんの御賢察にお任せよ。

27.帯島 おびしま

荒磯 蛸 防波堤の先には綺麗な蒼海原が広がり、磯には荒波が打ち寄せていましたが、見ているだけでも何か釣れそうな予感。日本三大潮流という津軽海峡の荒波に揉まれて身がしまった美味しい魚が釣れるのでは?と、先程の夢物語がぶり返します。その帯島を後にして文学碑に向かう途中で堤防で釣りをする親子の嬌声に一体何が釣れたのかしらと気になり見ていると何と御覧のタコでした。

龍飛崎のタコは表情も何処か違うように見えますね。
駐車場の土産物店でもタコが売られていましたが、タコは龍飛の隠れた名産品なのかしら?

28.太宰治文学碑 だざいおさむぶんがくひ

ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路はない。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えているのである。
−と記される突端の景観ですが、実際に岩が崩れ落ちたようで立入禁止になっていました。ξ^_^ξ達の旅もここに到り、全行程を終了です。

ここは、本州の袋小路だ。讀者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ケ濱街道に到り、路がいよいよ鋏くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鷄小屋に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く盡きるのである。

29.龍飛崎灯台BS たっぴざきとうだいばすてい 12:05発

バス停 村営バスは龍飛漁港からも乗車出来ますが、時間の余裕もありましたので、どうせなら始発からの乗車よね−と、階段国道の山頂側にある駐車場に向かいました。ですが、この龍飛崎灯台バス停迄の運行期間は04/25-11/10 の季節運行で、他の期間は龍飛漁港が始発となりますので御注意下さいね。バス停の標識も市営バスによる運行当時のものにガムテープを貼り、その上から書き直しただけの安易なものでしたが、見てくれはさておき、運賃¥200での運行を英断された三厩村に感謝。余談ですが、三厩駅に向かう途中では下校する中学生の一団が乗り込んできたのですが、皆さん、運転手の方に『ありがとうございました』と声を掛けて下車していました。

お願い:三厩村営バス→外ヶ浜町三厩地区循環バスと読み替えて下さいね。

30.JR三厩駅 みんまやえき 12:40着 13:03発

途中でお腹が空いたのですが車内販売があるハズも無く、青森駅までお預けかしらと諦めかけていると連れが、いいものがあるよ〜と笑いながら徐ろに鞄の中をゴソゴソと。そして現れ出でたのがリンゴなの。どしたの、それ?と訊けば、一昨日宿泊した際に仲居さんが食後にリンゴを一山持って来て『足りなかったら云ってね、また持ってくるからねぇ〜。余ったら持って帰ってもいいんだからねぇ〜』と云われたので持って来たとのこと。オマケに3人分出てくるし。う〜ん、思いっ切りオバさんしてるう〜。けれど、そのお蔭でξ^_^ξ達一行の空腹が取り敢えず満たされた訳で。

話が前後してしまい恐縮ですが、決して昼食抜きを覚悟していた訳ではないの。事前調査では龍飛漁港に行けば何かしらの食事処があると知ったのですが、いざ龍飛漁港に辿り着いてキョロキョロしてみたのですが、それらしき看板はあるものの、お休みか、はたまた廃業してしまったようで。ネットの体験記に記載されていた帯島の『シーサイド海峡亭』も休業中で、昼食難民となってしまったの。コンビニなんて勿論ありませんので前日に宿泊する場合には宿に頼んでお弁当を作って貰いましょうね。例えおむすび一個でも眼前に広がる景色が最高の御馳走ね。乗車券:¥1,110(青森駅迄)

31.JR蟹田駅 かにたえき 13:44着 14:09発

乗車した列車は蟹田駅止まりでしたので跨線橋を渡り、隣のホームへ。ここからは「海峡6号」に乗車します。列車の編成が分からず、駅員の方にホームのどの辺りが自由席車両の停車位置になるのかを確認したかったのですが、生憎と駅務室には人影もなく、のんびりとした時間が流れていました。ホームで待つ間に通り掛かった線路保守作業員と覚しき方にも伺ってみたのですが、停車位置はおろか、海峡号が何両編成なのかも不詳とのことでした。函館から来るので自由席の空きもそんなに無いだろうからと、並んで早めの乗車を目論んでいたのですが、どの辺りに停車するのか分からなくてはどうしようもありません。仕方無しに他の列車待ちの方々とは離れて待つことに。

ところが群衆心理というか何というのか、離れた位置で並んでいるといつの間にかξ^_^ξ達の後に誰かが並ぶようになって。再び位置を変えると又何人かがやって来るという繰り返し。気が付けば駅の改札近くでたむろしていた列車待ちの乗客達がいつの間にかホーム全体にバラけているの。そんなあ〜、自由席の停車位置じゃ無くて席が取れなかったとしてもξ^_^ξの責任じゃあ無いわよ。(^^;

オマケにこの「海峡6号」は「ドラえもん列車」らしく、大きな重たそうなバックを持つ助手を従えたカメラマンらしき方がやって来て、最後尾の車両はこの辺りに停まるんですか?とξ^_^ξに訊く始末。こっちこそ知りたいの!と思いましたが、この際ヤケクソで『そうみたいですよ』(^^; 改めて見ると蟹田の駅にかけてはちょうど線路がカーブを描き、ホームの端は絶好の撮影ポイントのようでした。真似してみようかなとも思いましたが、ホームの端で撮影していてとんでも無い位置に列車が停まったりしたら大変と、撮影は諦めました。結局、函館寄りのホームの端で待ちましたが、結果オーライでした。乗車するとやはり自由席には空席も少なく、ξ^_^ξ達も各人別れての着座でした。サロンカーも連結されて自由席扱いでしたが、殆どの方が横になってお休み中。邪魔するのも気が引けてサロンカーの体験乗車は断念。

32.JR青森駅 あおもりえき 14:34着 14:39発

青森駅からは「スーパーはつかり20号」に乗車。指定席を取っておいたので良かったのですが、気が付くと前の車両が自由席で、連結部分にまで乗客が立つ状態でした。車内販売の方がワゴンを引いて隣の車両に移ろうとドアを空けたのですが、飛び込んできた光景にびっくり。徐ろに踵を返されました。指定席特急券:¥1,200 但し、新幹線乗継割引料金適用

青森駅での乗換時間に余裕が無く、乗車してからトイレに行くように連れの2人には云い含めておいたのですが、いざトイレに行こうと席を立ち、隣の車両に移ろうとしたのですが、連結部分にも乗客がすし詰め状態で、立ち往生していると親切な方がいらっしゃって道を開けるように大声を出して下さった方がいたとのこと。通勤列車でひとの足を踏みつけておいても素知らぬ顔をして済まされてしまう昨今、満更、世の中捨てたものでもないようね。

33.JR盛岡駅 もりおかえき 16:51着

この季節の東北は紅葉を求めて十和田・八幡平を訪れる方がやはり多いようで、希望した時刻の列車が予約出来ずに、盛岡駅では2時間程の空白時間。さりとてこんな時間に市内観光という訳にも行かず、夕食を兼ねて盛岡名物・椀子蕎麦の「直利庵」へ出掛けてみました。以前にも訪ねたことがあるのですが興味のある方は 東北秋物語 の頁を御笑覧下さいね。

34.JR盛岡駅 もりおかえき 18:47発

こまち 写真は乗車した「こまち74号」の先頭車両ですが、「やまびこ74号」と連結するために、イモムシがあんぐりと口を開けているようで、余り格好の良いものではないわね。車両側面のロゴのデザインや塗装の色彩感覚などは、無機質なやまびこなどの塗装に較べると優しい感じで、個人的には好みなのですが。乗車券:¥16,300 青森〜上野 指定席特急券:¥5,650

35.JR東京駅 とうきょうえき 21:24着


東北新幹線八戸延伸を控えて「はくつる81号」「有終の旅」に乗車することも、当初の目的であった龍飛岬の最果て旅情を満喫することも出来ました。龍飛岬の裏海岸遊歩道はほんのお触り程度で終えてしまいましたが、そこから仰ぎ見た龍飛岬の景観は今でも目に焼きついているの。東北新幹線「はやて」の登場で寝台特急「はくつる」も廃止されてしまったし。ところで新幹線なら青森までどの位の時間で行けるようになったのかしら?などと時刻表を眺めていたら、未だ寝台特急「あけぼの」が廃止されずに上野から青森まで運行されているのを見つけました。新幹線がいくら便利になろうと旅愁を感じさせてくれる寝台特急は旅人を魅了して止みません。「あけぼの」が廃止の憂き目を見ない内にまた出掛けてみたいものですね。裏海岸遊歩道踏破と龍飛岬の地に再び立つことを夢見て。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥






どこにもいけないわ
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