≡☆ 北陸秋物語(金沢能登紀行) ☆≡
1986/11/01 - 1986/11/04

う〜ん、思いっ切り古くて今から20年近くも前の旅行記です。再訪する機会がありましたので当時の記憶を辿るメモリアル・ページです。記事中の料金等は極力 ′02.12 現在の金額に置き換え、廃止のバス路線等も知り得た限りに於いて明示したつもりですが、参考にされる場合には御注意下さいね。

一日目:古都金沢と寺町寺院巡り

1.JR上野駅 うえのえき

今では少なくなってしまった寝台特急の「北陸」に乗車。B寝台でしたので隣のビジネスマンらしき方に「金沢まで御一緒させて頂きますがよろしくお願いします」と挨拶したのですが、怪訝な顔をされたのを憶えています。寝台に乗るのは初めてでしたのでお隣りの方にはひとこと声を掛けるのが常識なのかな−と思っていたのですが、そんな必要は無かったみたいね。旅人の心は忽ち意気消沈のスタートでした。運賃は当時の料金を控えていませんので比較出来ませんが、特急料金や寝台料金は余り変わっていませんね。出発時刻は23:03発と1時間も遅くなっているのに到着時刻は逆に9分早いの。在来線でも車両の高速化は着実に行われているのね。

内訳 特急料金 B寝台料金 運賃等
′02.12 現在 ¥2,830 ¥6,300 ¥7,980 片道乗車券
′86.11 当時 ¥2,700 ¥6,000 ¥13,500 周遊券利用

2.JR金沢駅 かなざわえき

一日乗車券 今では城下町・金沢の見処を周遊する金沢周遊バスが15分間隔で運行されています。その名も犀星号、秋声号、鏡花号と金沢所縁の文人名を冠したボンネットバスで、運賃は一律¥200ですが、専用の一日乗車券が¥500とお得です。乗車してみたいな−と云う方は 北陸鉄道 を御参照下さいね。金沢駅東口0番乗場 所要時間:約10分

3.兼六園 けんろくえん

兼六園下バス停で下車して金沢城跡の石垣を右手に土産物が建ち並ぶ坂道を登ると目指す兼六園の桂坂口です。金沢城跡の石川門が対峙して記念写真の絶好の撮影ポイントです。朝早いせいで観光客も少なく、今の内にと早速入場料を払い入園。有名な徽軫(ことじ)灯籠の写真はあちらこちらに出てきますので、ここでは少し違う景観の一枚を掲載してみますね。

兼六園 徽軫灯籠の前はいつも黒山の人だかりですので、ゆっくりと撮りたい方は朝の早い時間がお薦めです。因みに、兼六園という名は当時の老中・松平定信が宋の詩人・李格非の【洛陽名園記】の記述を踏まえ、兼備しようとしても得難い六つの勝(景観のこと)、則ち、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望を兼ね備えた名園として褒め称えて命名したことに由来するの。
入園料:¥300 所要時間:約1時間

徽軫灯籠や霞ガ池の風情もさることながら、真弓坂入口にある瓢池(ひさごいけ)の風情も仲々のものよ。足を運ばれる方は少ないのですが、日本最古と云われる噴水等もあり、それこそ幽邃な佇まいを見せています。兼六園は約11万m²と云われる敷地を有する広大な庭園ですので、ゆっくり見て歩くには一時間近く掛かりますが、喧噪を忘れて、しばし幽玄な世界に遊ばれてみては?

古都・金沢の観光情報なら かなざわ百万石ねっと を。圧倒される情報量で掲載されている写真も秀逸です。
石川県全域のことなら ほっと石川旅ネット がお薦め。

また、石川県内の重要文化財指定の神社仏閣等の建造物については 石川県教育委員会 の「石川の文化財」からリンクを辿ると詳細な説明を得ることが出来ますよ。貴重な歴史遺産が数多く残る石川県ですが、それらを御案内するにはξ^_^ξは余りにも知識不足ですので、些か他力本願で恐縮ですが、同サイトを御参照下さいね。

4.成巽閣 せいそんかく

成巽閣は兼六園の東南に位置する大名屋敷で、当時の藩主・前田斉泰が母の真竜院の隠居所として造営したという、建坪約990m²の御殿が約6,600m²の敷地に建てられています。内部を見学することが出来ますので御覧になってみては?広すぎてお掃除するのが大変だからイヤ!とは連れの評ですが、大丈夫よ、間違ってもこんな広いお家に住めるはずはないもの。(^^;
入館料:¥600 約30分所要

5.金沢神社 かなざわじんじゃ

成巽閣見学を終えて随身坂口を出ると金沢神社があります。前田家の先祖とされる菅原道真が祀られており、道真公にあやかろうと合格祈願の絵馬が数多く奉納されています。九州の太宰府はちょっと遠いしぃ〜という受験生のあなたは参拝なさってみては?金沢神社で絵馬を奉納し、成巽閣の赤門をくぐれば合格間違いなしかも。因みに、イボ取り石と呼ばれるものが境内にありました。イボで御悩みの方はお参り下さいね。拝観料:境内自由 所要時間:約10分

6.金城霊沢 きんじょうれいたく

金沢を訪ねてここを訪ね忘るること莫かれ。何と金沢の地名の発祥の沢なのです。その昔、芋掘藤五郎が山で採掘した砂金を洗った湧水で、金洗い沢と呼ばれていたものが、後に金沢の地名となったの。芋掘藤五郎といきなり云われても一体何者なの?と云うあなたに。

むか〜し、加賀の國に藤五郎という若者がおってのお。藤五郎は山で山芋を掘って暮らしておったんじゃが、その日の食べる分だけを残してあとはぜ〜んぶ村人にあげてしまったそうじゃ。気立ての優しい男でのお、そうして喜ぶ村人を見ては楽しんでおったそうじゃ。村人はそんな藤五郎を誰云うともなく、芋掘藤五郎と呼んでおったそうな。親を早くに亡くした藤五郎じゃが、そんな気儘な貧乏暮らしが気にいっておったようじゃのお。

ところが、ある日のこと、大和から来たという長者夫婦が訪ねて来てのお。見ればそれはそれは美しい娘が嫁入り道中よろしく、沢山の花嫁道具を携えて控えておったそうじゃ。ただただ驚いて見とった藤五郎にその長者夫婦は云うたそうな。私共は長い間子宝に恵まれずにおりました。何とか子供を授かろうと観音さまに念じましたところ、ようやくこの娘を授かりました。観音さまに授かった娘ゆえ、それはそれは大事に育てて参りましたが、娘も年頃になり、婿を迎えるべく再び観音さまに念じましたところ、夫となるべきお方は遙か北の加賀の國の正直者の芋掘藤五郎−というお告げが御座いました。これも観音さまの御導きに御座いますれば、どうか、娘を嫁に貰ろうては下さらんか。

そうは云われても、気儘な暮らしが気に入っておった藤五郎は仲々首を縦には振らなんだ。それでも長者が諦めずに頼むもんで藤五郎は−おら、貧乏が性に合ってるでのお。道具も金も要らんけん、村の衆にあげてしまうけんどもそれでもええんかいのお−と云うてみたのじゃが、長者も−娘を娶って下されば全てあなた様の物、どうぞ御自由になさって下され−と答えたそうじゃ。そうしてのお、長者の娘を嫁に貰った藤五郎は言葉通りに金品を惜しげもなく村人達に分けてしまったそうじゃ。そうして相変わらず山で山芋を採る貧しい生活を続けておったそうな。最初は呆れて見ていた嫁も次第に貧乏に慣れてしまったそうじゃ。

それからしばらくしたある日のことじゃった。娘の生活を案じた長者から砂金がいっぱい送られて来てのお。けんども砂金の値打ちなんぞ分かりゃせん藤五郎はいつものようにぜ〜んぶ村人達に分けてしまったんじゃ。これには流石の娘もあまりの無頓着振りに呆れてのお、砂金がいかに大事なものか説いて聞かせたそうじゃ。すると藤五郎は−そんなに欲しけりゃなんぼでも芋掘りにいけばとれるがな−と云うではないか。正直者の藤五郎の云うことでもそればっかりは信じられん娘は、次の日、藤五郎に連れられて山へ芋掘りに出掛けていったそうじゃ。はたして藤五郎の云う通り、山芋を掘ると芋の廻りは黄金色に輝いておったそうな。

それからというもの、二人は山芋を掘っては近くの沢で芋を洗い、砂金を集めたそうじゃ。そうして藤五郎が山芋を洗った沢は、その後、金洗い沢と呼ばれるようになったと云うことじゃ。とんとむか〜し、昔のお話しじゃけんども。

7.本多の森公園 ほんだのもりこうえん

歴史博物館 金城霊沢を抜けると目の前に本多の森公園が広がりますが、芝生広場もあり、都会のオアシスといった趣です。その芝生に寝そべって暫しの休憩です。園内には 石川県立歴史博物館 がありますが、嘗ては旧陸軍の兵器庫だったという建物の赤煉瓦が、紅葉の中で美しい佇まいを見せていました。残念ながら館内の見学は出来ませんでしたが、県内遺跡の出土品や加賀前田藩の貴重な歴史資料等が展示されています。入館料:¥250 但し特別展を除く。

休憩を終えて再び兼六園の外周を廻り、石川門へ向かいました。兼六園の中を通りたかったのですが、一度出てしまうと再入園が出来なくて。ちょっと効率の悪いコース採りですが、御容赦下さいね。

8.金沢城趾・石川門 かなざわじょうし・いしかわもん

石川門 石川門 金沢城趾は当時、金沢大学の敷地で、門の中に入ることが出来ませんでした。なので御覧の写真しか手許にありません。金沢大学の移転に伴い、今では金沢城跡公園として整備され、誰でも自由に散策が楽しめるようになりました。入園料:園内自由

9.尾崎神社 おざきじんじゃ

尾崎神社 金沢城趾への立ち入りが出来ず、その景観を周囲から眺めながら白鳥路を経てお堀通りを進み、尾崎神社に向かいました。この尾崎神社ですが、元は金沢城北の丸に創建されたもので、徳川家康を祀り、嘗ては「東照権現」と称していたものなの。財力を誇る加賀藩もやはり御上は怖かったみたいね。朱を基調にした漆塗りの美しい社殿です。
拝観料:境内自由 所要時間:約10分

10.尾山神社 おやまじんじゃ

尾崎神社を後に尾山神社に向かいました。神門で有名な尾山神社ですが、これは表門です。尾崎神社からはお堀通りを歩いたのですが、通りに面しているのは裏口ですので案内板に注意していないと通り過ぎてしまいます。

尾山神社 尾山神社 当時は神門が見える筈だから直ぐ分かるだろうと思って歩いていたのですが、通りの反対側の歩道を歩いていたこともあり、通り過ぎてしまいました。尾山神社はかの前田利家を祀った卯辰神社が前身で、徳川家康を祀る尾崎神社が華美な趣の一方で、こちらは質実剛健といった佇まいです。拝観料:境内自由 所要時間:約10分

尾山神社の参詣を終えて寺町の寺院群をそぞろ歩こうとひたすら南下。今思うと良く歩いたものだと我ながら感心してしまいます。オマケに近道をしようと勘を頼りに路地路を歩いたもので、地図を見ても何処をどうやって歩いたのか。やっと犀川の流れが見えた時の嬉しさ。(^^; 今では 金沢市 が金沢ふらっとバスを運行しています。可愛らしい車両のバスで、運賃も一律¥100と格安で、15分間隔という便利な運行ダイヤ。兼六園周辺から犀川・桜橋に移動するには菊川ルートがお薦め。上手に活用すれば効率の良い見学コースを設定出来そうですね。

11.室生犀星文学碑 むろうさいせいぶんがくひ

文学碑 室生犀星が生涯愛でたという犀川の畔には流し雛をかたどった石碑が建てられ−あんずよ花着け 地ぞ早に輝け あんずよ花着け あんずよ燃えよ−と刻まれています。当時は犀川の畔に料亭・つば甚の支店の「甚平」があり、そこで昼食を取ったのですが、今ではもう無くなってしまったみたいね。本店の方はξ^_^ξのような貧乏人には敷居の高い料亭ですが、こちらの甚平の方は甚平定食が¥2,000(当時)と高価ながらも手の届く金額でした。加賀の懐石料理を堪能したいの!というリッチな方は 料亭・つば甚 へお出掛け下さいね。

食事を終えて犀川沿いを歩いて再び桜橋まで戻り、W坂を登りました。桜橋から寺町通りに抜ける上り道で、Wの文字のように折れ曲がる階段が斜面を登ります。かの室生犀星もこの坂道を散策しながら思索にふけったのではないかしら。でも離れて見るとW坂というよりもZ坂に見えてしまうのはξ^_^ξだけ? そのW坂を登りきり、更に突き進むと両側に大小の堂宇が建ち並ぶ寺町通りに出ます。一帯は寺町台と呼ばれ、数多くの寺院が軒を連ねていますが、加賀藩の三代目藩主・前田利常が城下に散在していた寺院を卯辰山と、ここ寺町台に集めたのです。有事の際には各寺院へ派兵し、城を守る役割を持たせたそうですが、仏に帰依する寺院を戦さの砦にしてしまうなんて、お釈迦さまはどんな思いでいらっしゃったのかしら。

12.大円寺 だいえんじ

大円寺は三代目住持となられた心岩上人が無縁仏供養のために造ったという人骨地蔵尊で有名なお寺なの。な、何と、顔や首、胸や両手足に無縁仏の人骨が塗り込められているの。高さは4.33mもあり、極彩色の衣を纏うお姿はちょっと異様です。気持ち悪〜いとは連れの評ですが、怖いもの見たさの方は御拝謁を。(^^; 拝観料:¥500 所要時間:約20分

13.伏見寺 ふしみでら

前述の芋掘藤五郎が奈良時代に建立したと伝えられる古刹。藤五郎夫妻像もあり、境内にはその藤五郎の墓もあります。芋掘藤五郎はやはり実在の人物だったのでしょうか。拝観料:¥300 所要時間:約20分

14.松月寺 しょうげつじ

天然記念物の大桜で有名な寺院で、桜の木が土塀を突き破るようにして道にはみ出しています。この桜の木は加賀藩三代藩主・前田利常が寄進したもの。ここでは拝観せずにその大桜を眺めて素通りでした。松月寺を過ぎて直ぐの所に前述の料亭・つば甚の本店がありますが、貧乏人のξ^_^ξには無縁のもので、建物を横目に素通りしました。道はやがて広小路東の交差点に出ますので、左折して次の目的地である妙立寺へ向かいます。

15.妙立寺 みょうりゅうじ

妙立寺というよりも 忍者寺 の呼称で有名な寺院。といっても忍者が住んでいた訳では無くて、前田家の祈願所として創建された立派なお寺です。出城の役割を担っていたために様々な仕掛けが施されているの。庫裏を見学することが出来るのですが、覗き部屋等の小部屋が23室もあり、それが迷路のような廊下で繋がっているの。抜け道、落とし穴、ドンデン返し等の仕掛けがあって、さながら忍者屋敷。何と金沢城に続いていると伝えられる井戸もあるの。見学に際してはガイドさんが案内して下さいますが、一回の人数に限りがありますので事前予約を。拝観料:¥800 所要時間:約40分 御予約は TEL:076-241-0888 へ。

忍者寺の見学を終えて寺院群の景観を眺めながら野町バス停まで歩きましたが、忍者寺の裏手に抜けて広小路バス停に出ても良かったかしら。野町バス停から北鉄バスに乗車して金沢駅に向かい、再びバスに乗車。当日の宿泊は民宿・寺津荘を予約していましたので橋場町バス停で下車。

16.民宿・寺津荘 みんしゅく・てらづそう

当時はお金も無く民宿を探して申し込んだのですが、これがひどい民宿で、夕食の内容も何処かの定食屋で出てくるような代物で、さしずめフライ定食といった感じ。オマケに箸袋から取り出したお箸を見ると誰か先に食事をした方が箸袋に戻したものを気付かずにそのまま出して来たようで、些かゲンナリとしてしまいました。今では廃業してしまったようですが、こんなので良くお金が取れるわね−といった印象でした。当時の宿泊料金は覚えていませんが、宿泊施設も飲食施設も充実している金沢ですので、廉価なホテルに宿泊して夜は金沢の街に繰り出してみても面白いかしら。民宿では片町にある民宿旅館・いりたやが時代宿風でいかにも金沢と思わせる風情で外人にも人気の宿だそうですが、宿泊未体験ですので詳細は不詳です。金沢での宿泊情報については金沢市観光協会運営の 金沢旅物語 を御参照下さいね。

二日目:能登半島一周の旅

二日目は金沢から北鉄バスの定期観光の「ときくに号」に乗車しました。現在では廃止されてしまったようですが、一時間遅れで同じコースを辿る「まうら号」の方は今でも通年運行されています。当時の料金は¥5,900だったのですが、今でも¥6,400と僅差。当時、割高に感じたのはお給料も少なかったからでしょうが、20年も経たのに¥500だけの値上げとは驚きですよね。

17.JR金沢駅 かなざわ 8:10発

定期観光・まうら号は金沢駅→喜多家→千里浜→気多大社→妙成寺→巌門→関野鼻→総持寺→輪島漆器会館→時国家→曽々木→真浦といったコースを辿り、主な見処を押さえたものになっています。但し、喜多家の見学は残念ながら現在では割愛されてしまい、代わりに輪島漆芸美術館が加えられたコースとなっています。詳しい情報は 北陸鉄道 を御参照下さいね。
乗車券:¥6,400 所要時間:約8時間半

ネット上で面白い頁を見つけました。くろべさんの運営されている レポート・めぞん一刻 です。めぞん一刻の軌跡を辿るというテーマで記述されていますが、めぞん一刻を知らない方(ξ^_^ξです)にも楽しめる内容です。旅した時期もほぼ一致していますし、精緻な内容で参考になります。
北陸旅行( 能登編)その1・・・響子の乗ったバスは何?
北陸旅行( 能登編)その2・・・追跡・能登観光バス

残念ながら閉鎖されてしまったみたいね。
実地踏査された詳細なレポートは是非皆さんにも御覧頂きたかったのですが。

18.喜多家 きたけ 8:45着 9:20発

喜多家 喜多家は源氏の流れをくむ新田義貞を祖とする名家で、加賀藩独特の十村役(庄屋の大親分)に任じ、近在の101ケ村を束ねて年貢徴収や農民の生産力向上等に努めたと云います。屋敷には農民一揆に狙われる可能性もあったので有事に備えた工夫も。でも一番のお気に入りはこの茅葺屋根。15年に一度葺替を行うのだそうですが、苔むした風情が時の流れを彷彿とさせます。
見学料:¥500

19.千里浜レストハウス ちりはまれすとはうす 9:35着 9:55発

千里浜 総延長8Kmに及ぶ砂浜を大型バスが疾走して行きます。砂の粒子が細かくて適度な湿り気のお蔭で大型バスでも平気なのです。砂浜ですので勿論センターラインなんてありませんので、車でお出掛けの際には対向車に充分御注意下さいね。千里浜レストハウスでは名物のいかだんごを。いか団子と云っても魚とイカのすり身を練った団子を竹串に刺したものなのですが意外に美味。当時は¥100でしたが、現在は¥150になっています。バスの運転手さんもお薦めの一品よ。

20.気多大社 けたたいしゃ 10:05着 10:20発

気多大社 祭神は大国主神で、創建は何と崇神天皇の時代というのですから紀元前のお話しですね。奈良平安期より能登国一ノ宮として崇められ、専ら縁結びの社として知られるようになりましたが、それは大国主神が須勢理毘売(すせりひめ)と結婚する際に、須佐之男命(すさのおのみこと)より幾多の試練を課せられ、それを乗り越えて結ばれたことに因みます。詳しい情報は 気多大社 を御参照下さいね。拝観料:¥100 (志納)

当時頂いたパンフですが、そこに記載されている文章が素敵です。クリックすると拡大画像が表示されますのでごゆっくりと御鑑賞下さいね。境内には「むすびの松」があり、二本の松が枝を絡ませていました。御利益に預かりたい方は御神籖を結んでみたら如何かしら。この他、気多大社の古文書には−成山飛行虚空神力自在而−の記述が残され、まさしくUFOの記述。羽咋はUFOの町と知られていますが、この辺りではそんな昔から出現していたんですね。

当時は気付かなかったのですが、境内の一角に菅原道真公を祀る菅原神社があるの。
その前に架かる橋はその名も合格橋。受験生のあなた、恋愛もさることながら合格祈願も忘れずにね。

21.妙成寺 みょうじょうじ 10:30着 11:30発

五重塔 妙成寺は日蓮宗の古刹で、加賀藩前田家の帰依厚く、10棟の重要文化財を含む伽藍が建ち並んでいます。特に三代藩主・前田利常は生母・寿福院の菩提寺として本堂・祖師堂・五重塔を建立。写真はその五重塔ですが、うら若き乙女達が写真を撮っていて仲々その場を離れてくれず、この際一緒にと撮した一枚です。彼女達も今では立派なお母さんになっていることでしょうね。かくいうξ^_^ξも立派な?になっている訳で。(^^; 拝観料:¥500

22.巌門 がんもん 11:40着 12:45発

日本海の荒波に岩盤が削られて出来た貫通洞門で、幅6m・高さ15m・奥行き60mの穴がぽっかりと空いています。洞門の脇には、その昔、義経弁慶主従が身を潜めたという千畳敷と呼ばれる洞窟もあります。景観だけの写真が手許にありませんので、代わりに 能登金剛遊覧船 を御参照下さいね。巌門を撮した写真集が掲載されています。ξ^_^ξもこの遊覧船に乗船したかったのですが、定観のコースには乗船は含まれていませんでした。ここでは定観に同乗した皆さんと記念撮影し、レストラン巌門で昼食でした。この後、定観の旅程表には「関野鼻」の記載があり、期待していたのですが、立ち寄らずに終えています。関野鼻については 金沢能登の旅U で紹介させて頂いていますので、気が向いた方は御笑覧下さいね。

23.総持寺祖院 そうじじそいん 13:30着 14:00発

総持寺 威風堂々とした山門で有名な総持寺祖院ですが、左掲は捻くれて裏側から撮したもの。66,000m²という広大な敷地に伽藍が建ち並びます。嘗ては16,000余の末寺を有する大寺でしたが、明治31年(1898)の大火で多くの伽藍を焼失。それを機に本山を神奈川県の鶴見に移して以来、祖院と呼ばれるようになったの。拝観料:¥400

総持寺 僧堂前に植栽された木々の紅葉、建物の白壁と瓦屋根、そして透き通るような蒼空−と色彩のコントラストに目を奪われて思わず一枚。殆どの建物が明治以降の再建に依るものだそうですが、そうとは思えない程の風格を漂わせた堂宇に、植栽された木々の緑と紅葉のコントラストが美しい境内です。

24.輪島漆器会館 わじましっきかいかん 14:35着 15:00発

1Fは漆器の販売で2Fが資料館となっています。天下に名を馳せた輪島塗、購入するとなると貧乏人のξ^_^ξには些か高価過ぎて手が届きませんが、資料館の方では重要有形民俗文化財に指定された輪島塗漆器が展示されています。その他、製作用具の展示や輪島塗の実演等もありました。ここでは定期観光バスの乗車記念に頂いた輪島塗の塗箸で満足しました。(^^;
入館料:資料館のみ¥200

漆器会館からは少し離れてしまいますが、石川県輪島漆芸美術館やうるし工芸作品会館には著名な作家等の作品が展示されています。残念ながら未体験ですが、漆器会館での見学に飽き足らない方はお立ち寄り下さいね。

25.上時国家 かみときくにけ 15:30着 16:00発

上時国家 平家に非ずんば人に非ず−と豪語した平時忠がこの時国家の祖。檀ノ浦の戦で平家が滅びると時忠もまたここ能登への配流の身となるのですが、そこは元大納言の地位にあった人。八幡宮の建社等も行い、従者等の邸宅を合わせてそこそこの規模の住まいを造り上げたのです。時忠亡き後は子の時国が後を継ぎ、一時は鎌倉からの刺客に命を狙われることもあったのですが、鎌倉幕府の崩壊という時代の流れを受けて身の危険が無くなった時国は、その後、時国姓を名乗り、持領を広げたの。この辺りでは山林や田畑はその殆どが時国家のもので、先々代辺りまでは外出に際しては駕籠を使い、当主の顔を見ることも無かったと云います。見学料:¥420

時国家は12代・藤左衛門の次男が分家したのを機に、本家を上時国家、分家側を下時国家と呼ぶようになったのですが、江戸時代には天領の大庄屋を務めたという上時国家の、日本最大級の木造民家と形容される建物が見学出来ます。訪時には季節柄門前の緩やかな坂道に彼岸花が咲き誇り、無数のアカトンボが乱舞していました。人懐っこいアカトンボで、じっとしていると肩や頭にチョコンと止まります。時国が流されて来た当時の原風景を思い描くことは出来ませんが、時代の流れを経てもここでは静かな時間が流れていました。

26.下時国家 しもときくにけ 16:00着 16:20発

下時国家 室町時代に建てられたという茅葺き入母屋造りの建物で、上時国家の建物より古く、国指定重要文化財にも指定されています。約5,000m²あるという池泉回遊式庭園があるあたりは、やはり普通の民家とは違うようですね。ところでこの下時国家ですが、正式名称は能登安徳合祀時国家と呼ぶのだそうです。何でも下関にある赤間神宮の分霊を勧請し、邸内に能登安徳天皇社を創建。以後、能登安徳合祀時国家と称するようになったの。赤間神宮に関する知識が何も無く、邸内に社を構えるに至った経緯が分からなかったのですが 赤間神宮 を見ると納得出来ますね。見学料:¥500

27.曽々木 そそぎ 16:25着

海岸美で有名な曽々木海岸ですが、時間も遅く、この日はそのまま今宵の宿である民宿・海望さんへ向かいました。海岸には曽々木海岸のシンボル的存在の窓岩、そのまま滝水が海に落下する垂水の滝等の景勝地もあり、寒風吹き荒れる冬には波間に波の華が舞う光景も見られます。また1,300年も前に海中で発見されたと伝えられる千手観音を祀る岩倉寺、その岩倉山にある自然の造形作千躰地蔵等を巡る遊歩道もあります。いずれの日にか再訪して景観を楽しみながらの遊歩道巡りをしてみたいものですね。

民宿・海望さんですが、地物のお刺身に一匹丸ごとという訳にはいきませんでしたが蟹付きで、充分に能登の味覚を楽しむことが出来ました。普通、民宿の食事というと大広間で他の宿泊者と一緒というスタイルが多いのですが、こちらでは部屋食で提供して下さいました。部屋で食べさせてくれる民宿はあっても食事はセルフ・サービス−という経験はあったのですが、なんとこちらでは部屋まで運んで下さいました。おまけに時間になるとお蒲団まで敷きに来て下さって。民宿なのに殆ど旅館に宿泊した気分。

御陣乗太鼓 夕食を終えて寛いでいると、近くの神社の境内で「御陣乗太鼓」の実演があるから出掛けてみては−と声を掛けられて向かった先が地元の春日神社。篝火を焚いた境内に、勇壮な御陣乗太鼓が轟きわたります。暗闇に浮かび上がる面を被った打ち手の姿は鬼か夜叉。激しい動きで真ん中の打ち手が火焔のようになってしまいました。(^^; 輪島市文化会館でも不定期ですが、土日等の休日に御陣乗太鼓の実演会が催されています。能登を訪れた際には是非その迫力に触れてみて下さいね。

この御陣乗太鼓ですが、七尾城攻略に成功した上杉謙信はその勢いに乗り、奥能登平定を目指して現在の珠洲市三崎町に上陸。破竹の勢いは留まるところを知らず、遂に名舟の村へ押し寄せて来ます。村人は鍬や鎌で迎え撃つのですが、所詮敵わぬ相手。対抗策の見いだせぬ村人達は古老の指示に従い、海草を頭髪に見立てた奇怪な面を作り、篝火の元、夜な夜な陣太鼓を打ちならします。その風体に肝を潰した上杉勢が怯んだ隙を狙い、夜陰に乗じて急襲し、勝利を収めたと云います。

この時の戦勝は奥津姫神社の御神威によるものとされ、感謝の意を込めて毎年祭りが行われるようになり、その際には奇面を被り、陣太鼓を打ち鳴らす習わしになったの。奇面を被ってバチを奮う様はまるで打ち手に神様が乗り移ったようにに見え〜神の乗り移り〜から御神乗りと云われ、敵陣に乗り込んだことから〜御陣乗り〜となり、いつしか御陣乗太鼓と呼ぶようになったと云われているの。

朝方、部屋の窓からは湯気を立ち上げる海原が望めました。気温より海水の温度の方が高くなるこの季節になると見られる現象だそうですが、荒れることの多いこの季節では珍しく穏やかな海。朝の陽射しを浴びながら揺れるその様は幻想的。宿泊したのが大分古い話しですので、現在でも前述のサービスが受けられるのか定かではありません。些か無責任で恐縮ですが細部について気になる方は同宿にお問い合わせ下さいね。民宿・海望さん TEL:0768-32-0468

三日目:能登半島一周の旅

三日目は同じく北鉄バスの定期観光「こいじ号」に乗車しましたが、残念ながら現在では運行されていないの。前日に乗車した「ときくに号」と併せて乗車することで容易に能登一周が楽しめる設定でした。定期観光バスを利用した能登半島一周の旅となると、観覧場所やコース採りが異なりますが、輪島や和倉温泉から出発するコースが運行されていますので、今となってはそれを利用するしか手立ては無くなってしまいましたね。

28.曽々木 そそぎ 7:50発

乗車した定期観光バスの「こいじ号」ですが、曽々木→禄剛崎灯台→喜兵衛どん→九十九湾→金沢駅着といったコースで、乗車券が¥5,800で、所要時間は約8時間でした。現在のコースについては 北陸鉄道 を御参照下さいね。

曽々木を出発したバスは車窓に仁江海岸や木ノ浦海岸の景勝を望みながら狼煙(のろし)へと向かいます。途中の仁江海岸には揚げ浜塩田がありますが、時期が時期だけに作業する姿も見えず、車窓より観覧して終えています。今では傍らに資料館が建てられ、こちらは通年の見学が可能です。揚げ浜塩田てなあに?それ−という方は 奥能登塩田村 を御参照下さいね。

29.禄剛崎灯台 ろっこうざきとうだい

禄剛崎灯台 石段を登ると広場に出ますが、海抜47mの丘上にズングリとした灯台が建てられています。傍らの案内板に依れば フランス人 (新しい案内板ではイギリス人)技術師の設計によるもので、明治16年(1883)に点灯。当初は灯油を焚いて発光、その後、昭和16年(1941)に電化されものの由。見学料:観覧自由(但し、内部見学は出来ないの)

能登半島最北端に位置するこの辺りは狼煙(のろし)と呼ばれ、嘗ては背後の山伏山に狼煙台があったことから由来しているの。この狼煙の語源ですが、昔は乾燥させた狼の糞を燃やしたことから狼の糞の煙−で狼煙。狼の糞は燃やすと多少の風が吹いてもその煙は真っすぐに立ち昇るそうな。背後の景観は当時狼が群れを成して住みついていたとしてもおかしくはない原風景ね。

視線を海側に転ずれば、眼下には千畳敷と呼ばれる海岸が波に洗われているの。その先には日本海が広がり、七ツ島や時には遙か洋上に佐渡も見えるというのですが、生憎と海上は霞みがかっていて望むことが出来ませんでした。広場には道路標識ならぬ案内板が建てられており、ここから東京へは302Km、ウラジオストックは772Km、釜山へ783Km、上海へは1,598Km。灯台周辺は公園として整備され、「日本列島ここが中心」の碑が建てられているの。能登半島最北端と日本列島の中心が同居する珍しい段丘よ。

30.能登記念館・喜兵衛どん のときねんかん・きへえどん

最初にこの名を耳にした時には、なあに?うどん屋さんでお昼御飯なの?と思ってしまいました。(^^; 喜兵衛とは櫻井家の帰農後の百姓名で、「どん」とはこの地方の最高レベルの敬称なのだそうよ。休憩館では勿論、お蕎麦などの食事も出来ますが、製塩と漆掻きで財を成した櫻井家の建物を資料館として公開したものなの。現在残る建物は明治20年(1887)に再建されたものですが、この地方独特の浜屋造と呼ばれる建物で、元は味噌蔵だった漆宗館には漆掻用具や蒔絵・沈金などに用いた漆工用具が、米蔵だった塩士(しおじ)館には揚げ浜製塩用具が展示され、幾れも重要有形民俗文化財として指定されているの。見学料:¥450

生漆を採取する作業を漆掻きと呼ぶのだそうですが、加賀藩は漆木の植林を奨励したものの、需要の拡大と共に乱獲され、植林を怠ったために粗製品が出回るようになると悪評を受けて幕末の頃には能登の漆の生産は消滅してしまったの。今ではお隣・韓国などから原材料を輸入しているの。日本の伝統工芸と云われる漆器も自前では作れなくなってしまったのね。

一方の製塩ですが、能登地方では何と古墳時代の頃から行われていたの。鎌倉時代に至っては製塩がこの地方の小領主の主要な財源でしたが、加賀藩三代藩主・前田利常の頃より生産・販売が藩の直轄事業となるの。気象条件から能登地方の製塩は瀬戸内海の入浜式とは違い、文字通り、人力で海水を汲み上げるやり方で、重労働の割りには生産量の上がらぬ非効率な揚浜式と呼ばれる製塩技術。

当時の塩の生産者が塩士と呼ばれていたのですが、塩士館の名称はそれに因むもの。出来上がった塩は全て藩の管理下にあり、自家消費さえ許されなかったといい、塩との交換で得た米のみで生計を立てていたのですが、その交換条件も多分に藩側に有利でした。加賀百万石としてその財力を誇った加賀藩ですが、苦しさに喘ぐ庶民からの搾取の上に成り立っていたのですね。そんな話しを聞くとξ^_^ξには身につまされる思いがしますね。製塩の記述に際しては同館のパンフを参照させて頂きました。

恋路海岸 この先バスは軍艦島と呼ばれる見附島や恋路海岸を車窓に能登半島の内浦側を南下します。見附島や恋路海岸は歩いてみたかったのですが、残念ながら下車見学はコース設定には無くて。見附島も松林の向こうにカツラのような頭が見えただけ。写真は車窓を流れていった恋路海岸のモニュメントです。う〜ん、いずれの日にか再訪するぞ〜と心に決めた瞬間でした。(^^;

31.九十九湾 つくもわん

九十九湾 ここでは遊覧船に乗船しての九十九湾めぐり。ここでは頁の冒頭で紹介しました ほっと石川旅ネット さま提供の写真を使用させて頂いています。同頁には非営利目的での使用を認めて下さっている石川県の観光名所の写真が掲載されていますので、お出かけ前の御参考になさってみて下さいね。九十九湾は御覧のように美しい入り江を持つ典型的なリアス式海岸。小さな湾ながら入り江の数が大小合わせて99もあるとされ、名称の所以となっているの。

箱庭のような湾内を遊覧船で巡るのですが、船上から見える景観は 金沢能登の旅U に何枚か写真を掲載してみましたので御笑覧下さいね。今では遊覧船にもグラスボートと半潜水式の二種類の遊覧船があり、料金や遊覧時間が異なります。HPがあれば良いのですが見つかりませんでしたので、運航ダイヤ・料金等につきましては下記のサイトより遊覧船→東海・東北→能登九十九湾とリンクを辿ってみて下さいね。

船の旅情報

バスはこの後穴水、羽咋千里浜を経由して金沢駅に向かいます。外浦と違い、内浦はこれという観光名所も無く、どうしても移動時間ばかりが目立ってしまいます。北陸有数の温泉地・和倉温泉での途中下車も考えたのですが、翌日に那谷寺と東尋坊への観光を目論んでいたので移動の便を考えて終点・金沢まで乗車しました。

32.金沢駅 かなざわえき 15:47着

翌日の利便性を考えて宿泊地を金沢に設定し、初日に宿泊した寺津荘を予約してありました。最初にレポートしましたが、そんな宿と分かっていれば他の宿を探したのですが、時既に遅しで止むなく再宿。曽々木の海望さんの印象が良かっただけに余計辛いものがありました。

四日目:那谷寺と東尋坊

乗車券、拝観料等は ′02.12 現在の金額表記に努めました。情報に誤り等お気付きの点が御座いましたら御教示下さい。尚、当時に乗車した列車名&運行ダイヤについては単純な置き換えが出来ませんのでその限りではありません。予め御了承下さいね。

33.JR金沢駅 かなざわえき 8:10発

小松駅までは各駅停車に乗車しても35分足らずですが、時間的に厳しく、少しでも時間を稼ぐために当時のL特急「雷鳥6号」に乗車しました。周遊券を利用した旅でしたので、自由席なら追加の出費も不要であったことも大きな後盾でした。
乗車券:¥480 特急券:¥1,240

34.JR小松駅 こまつえき 8:30着 8:35発

当時は京福バスが小松駅から山代温泉へ路線運行していましたので、そのバスに乗車したのですが、今では廃止されてしまったみたいね。小松バスが那谷寺行を一日5本程運行していますが、そのダイヤを見ると実際の観光時に利用出来そうなのは10:00発だけね。再びバスで小松駅に戻ろうとすると那谷寺バス停12:45発。う〜ん、幾ら素敵な那谷寺でも食事時間を含めたとしても3時間近くは潰せませんよね。乗車券:¥520 所要時間:36分

今となっては再現不能となってしまいましたので 金沢能登の旅U では止むを得ずタクシーを利用しているの。
那谷寺参詣を考えていらっしゃる方は、そちらの頁も併せて御覧頂ければ幸いです。

35.那谷寺 なたでら 9:10着 11:25発

遊仙境 那谷寺バス停と云っても実際には更にそこから歩くことになるの。今の小松バスの那谷寺行が何処まで行ってくれるのか乗車未体験なので分かりませんが、当時の京福バスでは那谷寺バス停というよりは那谷寺入口バス停といった印象でした。階段下から望む本堂の大悲閣の写真は余りにも有名ですのでここでは参道からの、遊仙境を背景にした蓮池を載せてみました。この遊仙境のある辺りは何と太古の海底噴火の跡だそうよ。この日は生憎の小雨のぱらつく天候でしたが、そのお蔭で一層幽玄な雰囲気を醸し出していました。拝観料:¥500

この地方では古くから背後に聳える白山に対する山岳信仰が盛んで、白山は静謐で優麗な女神の住む山として神聖視されていたの。中国より伝来した仏教も日本各地で土着の山岳信仰と結びつき、山岳密教の流れをつくりますが、ここ那谷寺の開祖・泰澄も白山での修行中に白山の女神と十一面観音が同一神であることを会得するの。その後、夢の中で千手観音菩薩を感応した泰澄は、千手観音菩薩像を彫ると岩窟内に安置し、自生山岩屋寺を開基。白山修験者の依るところとなり、興隆したの。

本殿・大悲閣の裏側には「胎内くぐり」と呼ばれる洞窟がありますが、洞窟は母の胎内を表わし、その胎内をくぐることで今までの贖罪を拭い去り、生まれ変わりを祈念する場になっているの。入口でブツブツ云う職員のオバサンがちょっと煩しい嫌いがありますが、あなたも輪廻転生を体験してみては如何かしら?

平安時代には花山法皇が行幸された際に岩窟内で光り輝く三十三観音を感応。拝観時に頂戴したパンフに依ると法皇は「朕が求むる三十三所はすべて此の山に在り 他に求むるべからず 何ぞ西国を巡るの要あらんや」と詔され、西国三十三ケ所の第1番那智山と最後の第33番谷汲山から各々一字を取り、那谷寺と称し、七堂伽藍を造営するの。西国三十三ケ寺が聞いたらぶっとんでしまう内容ね。(^^;

南北朝時代には足利氏が城塞化すると新田義貞率いる軍勢に陥落し、その際に堂宇の悉くを焼失してしまうの。時代を経て加賀藩三代藩主・前田利常の目に留まるところとなり、荒廃を嘆いた利常が今に残る諸堂を再建。最初に再建された書院には利常自らが移り住むの。その書院にある庭園はあの有名な小堀遠州の指導に依るもので、国指定重要文化財及び国指定名勝になっているの。拝観受付時に特別拝観券を購入すると見学することが出来ますよ。特別拝観券:¥700 通常拝観料込

36.JR小松駅 こまつえき 12:00着 12:24発

再び小松駅に戻り、今度は芦原温泉駅に向かいます。ここからL特急「雷鳥14号」に乗車。今となっては懐かしい出っ張りのあるフロント・フェースの車両でした。今でもそうですが、この北陸本線は特急列車の方が本数が多くて、各駅停車は一時間に一本程度。なので列車を使った移動では特急列車への乗車が避けられません。ゾーン券等のトクトク切符を有効に活用しましょうね。

37.JR芦原温泉駅 あわらおんせんえき 12:45着 13:20発

ここからは京福バスに乗車。乗り換えにはかなりの余裕がありますが、接続が悪く、仕方ありませんでした。現在でも日中は一時間に一本程度の運行ですので止むを得ませんね。運行経路の途中には 越前松島水族館 や三国海浜自然公園などもあるの。水族館のある越前松島の海岸は柱状節理の岩礁地帯で、松島を思わせる景観が広がるの。一つ手前の梶浦バス停からは丸岡藩砲台跡や奇岩、洞窟などの海岸美を観賞出来るのですが、残念ながら未体験のまま終えています。
乗車券:¥750 所要時間:38分

38.東尋坊 とうじんぼう 13:58着 14:58発

東尋坊

東尋坊では御覧のような柱状節理の岸壁が連なるの。海面からの高さは平均して25mだそうですが、団体客がわっと押し寄せるのは海に40m程突き出た岸壁よ。高さも50m位あり、海面を見下ろすと吸い込まれてしまいそう。高所恐怖症のξ^_^ξは足がすくんでしまうわ。岸壁の向こうに小さく見えているのは雄島よ。東尋坊では岸壁の景勝を海側から楽しむことが出来る遊覧船が運航されていますが、生憎とこの日は波のうねりがあり、岸壁に船が接岸出来ずに欠航していました。船上から岸壁が眼前に立ちはだかるように迫る光景が見たかったのですが。東尋坊を離れた船は雄島をかすめて再び東尋坊に戻るコースとなっていますので、波の穏やかな日には乗船されてみては?乗船料:¥1,100 所要時間:30分 随時運航

遊覧船には乗船出来ませんでしたので、代わりに遊歩道を歩いてみました。荒磯遊歩道では東尋坊のシンボル的な柱状節理の断崖の景勝が堪能出来ますよ。松の木の枝が断崖にせり出し、絵になる光景が広がるの。東尋坊には 東尋坊タワー があり、日本海の大海原や越前平野、更に晴れた日にはその背後に白山連峰も姿を見せてくれるの。また、遊覧船がかすめて通る雄島には 大湊神社 が鎮座して、島の周囲は一周40分程の自然研究路が巡るの。遊覧船では雄島への下船が出来ませんので、東尋坊からは歩くことになりますが、景観美を誇る荒磯遊歩道が雄島まで続くの。

因みに、大湊神社 には東尋坊の名称由来の昔話など、三国地方に伝わる民話が収録されています。神社にあるまじき (^^; 平易なことば使いで記載されていますので、違和感を覚えずに読むことが出来ますよ。余談ですが、同サイトではオンラインで御神籖が引けちゃいます。早速試したξ^_^ξにいきなり『大凶』の文字。う〜ん、引くんじゃなかった。(^^;

もっと三国のことを知りたいの!と云う方は下記のサイトを御参照下さいね。三国町は平成18年(2006)3/20に丸岡、春江、坂井の周辺三町と合併して坂井市となりました。リンク・アドレスは変更しましたが、適当なバナーが見つからず、旧三国町のままにしてあります。予め御了承下さいね。

東尋坊を後に、再び京福バスに乗車して京福電鉄(現:えちぜん鉄道)三国駅に向かいました。福井を訪れたのであれば永平寺への参詣もしたいところですが、東尋坊からの直行バスを利用したとしても一時間半の移動時間。前日に芦原温泉や三国温泉等に宿泊して、東尋坊へのアプローチを短めに設定しないと一日で両者を廻るのはちょっと難しいですね。


余談ですが、東京方面から東尋坊と永平寺を狙うとどうなるかしら、何か良い方法は−と調べて見つけたのがドリーム福井号。長距離バスの夜行便ですが、東京発で新宿からも乗車出来るの。福井駅に7:40着ですので余裕ですね。他にも寝台特急「北陸」で金沢に出て、北陸本線に乗り換えて福井に南下する方法もありますが、これだと一度目を覚まさなければなりませんね。ただ、悲しいかな、東尋坊行のバスが福井駅を経由していませんので、芦原温泉駅まで移動しなければならないの。

時間も無駄だし、そんな面倒なことしてられないわ!というあなたは福井駅からはさっさと8:10発の えちぜん鉄道 の三国港行に乗り込みましょうね。三国港には8:57着。その後はどうするの?そう、歩くの!地図で見る限りでは三国港から遊歩道入口迄はおおよそ30分程度の道程。荒磯遊歩道の入口に辿り着けばそこはもう東尋坊特有の景観美が広がる(ハズ)。後は遊歩道伝いに東尋坊を目指し、海が凪いでいるようでしたら遊覧船に乗船します。

東尋坊の景観を堪能したところで10:47発の永平寺行の直行バスに乗車。永平寺着が12:10着。永平寺門前の食事処で昼食を済ませていざ参詣へ。これでしたら永平寺の観覧にも充分時間を割り当てることが出来ますね。その後は福井駅まで戻り、小松に移動し、空路で羽田に戻るというのは如何?以上、宿泊せずに東尋坊と永平寺を廻るプランでした。ひとこと申し上げておきますが、飽くまでも ′04.02 現在の情報に基づいて作成した机上のプランです。実際に出掛けてみた訳ではありませんので、実践される方は自己責任でお願い致しますね。

39.えちぜん鉄道・三国駅 えちぜんてつどう・みくにえき 15:09着

ここではガイドブックに載る瀧谷寺の庭園を見たくて同寺を訪ねてみました。
三国駅からは歩いても10分程の距離です。

40.瀧谷寺 たきだんじ 15:20着

最初ξ^_^ξは「りゅうこくじ」と訓んでいましたが、 瀧谷寺 と書いて「たきだんじ」と読むの。老杉に覆われた石畳の参道は、未だ日没前だというのに鬱蒼とした木立に陽射しが遮られ、深遠な風情を醸し出していました。樹齢600年余の「龍神の杉」と呼ばれる大杉が参道にあり、陽右(男性)と陰左(女性)の二本が仲良く並んで聳えたっていましたが、近年、陽右側が枯死して伐採されてしまったそうなの。大杉は黙して語らず−でしょうが、六百年余の連れ合いを亡くした一方はどんな思いを抱いているのやら。山門も変わった造りで、門と鐘楼を合わせた造りになっているの。柴田勝家の寄進によって建立されたものですが、何という造りなのか寺院建築には明るく無いので不詳ですが、その佇まいに暫し見とれてしまいました。拝観料:¥300 約40分所要

庭園 左掲は来訪の切っ掛けとなった庭園の一部になるの。日本名勝庭園の一つとして福井県下で最初の指定を受けているの。本堂の縁側に佇んでいると時間を忘れさせてくれるような景観よ。庭園と云えば京都の竜安寺の石庭が有名で、縁に静座して黙する方もいらっしゃって、難しい理屈など理解出来ないξ^_^ξには(ーー;)ですが、この瀧谷寺庭園は綺麗なものは綺麗と素直に愛でることが出来ました。

観音堂前にそれこそ石庭がありますが、こちらも苔むした雰囲気が何とも云えない風情。拝観した時には他に拝観者も無く、立ち寄る方は少ないようで。大寺にあるような華美な装飾も無く、堂宇も決して大きくはありません。鬱蒼とした樹木に囲まれて寺院全体がひっそりと佇んでいました。深山幽谷に遊ぶ−という表現が正しいかどうか分かりませんが、そんな、印象深いお寺でした。

41.えちぜん鉄道・三国駅 えちぜんてつどう・みくにえき 16:09着 16:49発


当時は京福電鉄が電車を運行していましたが、大事故以来運行休止中で、今はバスに依る代行運行を行っているの。第三セクター方式での運行を模索してはいるようですが。従ってここでは飽くまで当時の事として読み進めて下さいね。

京福電鉄は平成14年(2002)9/17に名称も新たに えちぜん鉄道 として発足しました。地元の方々の歓びに加え、旅人にとってもうれしいことよね。乗車券:¥700 所要時間:45分 ′04.02 現在

42.JR福井駅 ふくいえき 17:34着 17:46発

福井駅からはL特急の「加越14号」に乗車。現在でも同列車は運行されていますが、若干ダイヤが変わっているの。参考にされる場合には最新の時刻表で確認した上で御出掛け下さいね。在来線初の160km走行を実現したという特急・サンダーバードも運行されていますが、それだと米原は通らずに京都まで行ってしまうの。それでもサンダーバードに乗車して快適な旅を楽しみたいの!−というあなたは京都でお乗り換えを。(^^; 乗車券:¥8,510(東京迄)特急券:¥5,750(新幹線乗継割引料金)′02.12 現在

43.JR米原駅 まいばらえき 18:59着 19:09発

米原からはひかり242号に乗車。当時に較べると新幹線も次々に新型車両が導入されてスピード・アップがなされているの。往路には寝台特急の利用を優先するξ^_^ξでも帰路は専ら新幹線。旅の目的地に向かう時には旅に出た嬉しさもあり気分はハイなのですが、遊び疲れて現実に引き戻されて行く帰路には列車の旅をのんびりと楽しむ余裕も無くて。(^^;

44.JR東京駅 とうきょうえき 21:34着


最後まで御読み頂き、ありがとうございました。遙か昔の旅行記で恐縮ですが、姿を変えたところもあれば、当時のままで旅人を待つ自然も北陸には残されているの。この頁を読んで下さった方々に金沢に行ってみようかな、わたしも能登一周をしてみようかしら、オレは東尋坊と永平寺を纏めて見てやるぞ−なんていう気分になって頂けたら幸いです。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥

記事中の運賃・拝観料等については出来る限り ′02.12 現在の金額表示に努めました。
金額に限らず、誤った情報等お気付きの点がありましたら御指摘下さいね。
クリックして頂くとお使いのメーラーが起動する・・・ハズ(^^;
ダメな時は御手数ですが手動にてwebmaster@myluxurynight.comへお手紙下さいね。






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