≡☆ 鋸山と秘湯・弁天鉱泉 ☆≡
2002/03/09 - 2002/03/10

誕生日記念に早春の房州路を訪ねてみたの。観光自体の目的は鋸山でしたが、もう一つの目的がこだわりの宿・弁天鉱泉での宿泊だったりするの。きっかけは本文を参照して頂くことにして、先ずは御一緒に。補:一部の画像は拡大表示が可能よ。見分け方はカ〜ンタン。

一日目:鋸山と日本寺めぐり

1.JR新宿駅 しんじゅくえき 7:39発 9番線

通常は東京駅を始発とする特急「さざなみ号」ですが、一部に新宿駅発も運行されているの。自宅から東京駅に出るのに小一時間掛かりますので、早起きの苦手なξ^_^ξは有り難くこの新宿発の列車を利用させて頂きました。個人的には池袋発があるともっと嬉しいのですが。乗車券:¥2,210(館山迄)指定席特急券:¥1,880

2.JR浜金谷駅 はまかなやえき 9:21着

内房フラワーハウスですが、長期間の休業を経て再オープンしたみたいね。( ′09.09 に再び廃業してしまったの)
なので、以下の記述は当時のこととして御理解下さいね。

浜金谷駅はこじんまりとした駅で、列車から降りた乗客も数組だけで、観光案内の看板を見ているといつの間にか人影が無くなってしまいました。早春と云っても3月に入ったばかりで寒いせいか、観光客は少ないというか、いないみたい。当初のプランでは、鋸山には何のお店も無いということでしたので、登る前に腹拵えをしてからと考えて、先ずはネットで調べておいた内房フラワーハウスに向かい、その後に昼食の予定でした。ところが、いざ内房フラワーハウスに着いてみると何と「′01.04に閉鎖」の張紙が‥‥‥

うっそ〜!。だって観光情報を提供する複数サイトに観光施設として紹介されていたのに〜。閉鎖して一年近くも経ているのに関わらず観光をPRする立場でありながらの放置は職務怠慢としか云いようが無いわよね。ガイドブック等の出版物と違い、WEBなら訂正なんて直ぐ出来るでしょうに。個人の頁なら仕方無いけれど公的機関の提供とあらば許せるものではないと思うのですが。

話しが逸れてしまいましたね。仕方なくお昼迄の時間潰しの術を考えなければならぬハメに。かといって浜金谷には観光施設も無ければ鋸山の他にはこれといった景勝地も無く、フェリー乗場に行って土産物でも覗いてみようかしらと歩き始めました。しばらくするとお昼御飯を予定していた「船主」という食事処の看板が目に入って来たのですが、何とこちらの方は回転寿司になっていました。見ると最近改装したみたいでこちらはガイドブックで紹介されていた処なので、ま、仕方ないか−と。浜金谷まで来て回転寿司でもないわねと、結局は昼食場所まで探さなければならないことに。何か今回の旅は最初からコケてばかりで‥‥‥

3.ザ・フィッシュ ざ・ふぃっしゅ 9:39着 10:20発

フェリー乗場に辿り着いてみると広い駐車場に近代的な建物がド〜ンと建ち、横文字で The Fish と、これまたどでかいロゴ。大きいだけのことはあり、近在の海の幸・山の幸が広い店内に勢揃いしているの。復路にはフェリーに乗船して久里浜に出るプランでしたので、この日は土産品の下調べということで何も購入せずに終えました。けれど幾ら広い店内と云え、見て歩くのにそんなに時間が掛かる訳でも無くて、コーヒーでも飲もうかしらと思ったのですが時間が早すぎて何処も準備中でした。

4.喫茶・三望 きっさ・さんぼう 10:21着 11:00発

仕方なく御昼御飯抜きで歩こうかしらとザ・フィッシュを後に歩き始めると、喫茶「三望」の看板が目に留まりました。階段を登るとドアには「営業中」の表示があり、朝食と昼食を兼ねてピザ・トーストにコーヒーを頼みました。広い店内には他に寛ぐ方も無く貸し切り状態。御主人曰く、ここからは冬には東京湾に浮かぶようにして富士山がくっきりと見えるとのことで、ガラス越しの温かな陽射しを浴びながらそんな話しを聞いていると一日ぼう〜っとしていたくなるような、そんな感じのお店です。ピザ・トーストもチーズがいっぱいのっていて美味しかったですよ。勿論、コーヒーも。車でドライブなど久里浜方面からフェリーでお越しの際にはこちらでモーニング・コーヒーなんていいかも知れませんね。お化粧室もすごく綺麗でしたよ。

残念ながらこちらのお店も廃業していたの。( ′12.05 現在 )

5.ロープウェイ山麓駅 ろーぷうぇいさんろくえき 11:14着 11:30発

フェリー乗場からは一本道の国道をひたすら歩きます。暫くすると小さな漁港が見えて来ますが、道路沿いに 鋸山ロープウェイ 乗場入口の大きな看板が立ちますので迷うこと無く辿り着けますよ。車でお出掛けの方が多いようで、ここまで来ると行楽客の方が結構いらっしゃいました。団体客もいて朝から赤ら顔で大声を挙げている人達もいましたので一本遅らせての乗車。因みに乗車券は懐かしい硬券で、改札も例の挟みでパッチン。記念に頂いて来てしまいました。乗車券:¥450 片道(割引券使用)15分毎発

因みに、割引券はJR東日本・千葉鉄道監理局発行の房総の旅パンフに付いていたものよ。左は山麓駅ですが、駐車場には車が多く停まります。右の写真は下りのロープウェイとすれ違いざまに写してみたところですが、眼下には浜金谷の町並みと東京湾が広がります。僅か4分程の空中散歩ですが、鳥になったつもりで、しばしの景観をお楽しみ下さいね。

6.ロープウェイ山頂駅 ろーぷうぇいさんちょうえき 11:34着 11:55発

金谷港 山頂駅を降りると裏側に展望台がありますが、鋸山の山頂はそこから僅かに10段程登ったところにあるの。普通は山頂と云うと降りた場所から更に延々と歩かなければ辿り着けないのですが、ここでは労せずして頂きに立つことが出来るの。因みに標高は329m。左掲は山頂からの金谷港の遠景ですが、展望台からは東京湾も一望の下、対岸の三浦半島を見やることも出来ます。ここからは大型の観光バスを呑み込むフェリーも小舟に見えてしまうの。澄みきった晴天であれば富士山も優美な姿を見せてくれたのかも知れませんが、生憎と霞みが掛かり、対面かなわずに終えてしまいました。

7.日本寺 にほんでら

入山券 〔 鋸山日本寺の由来 〕 日本寺は今から約1,300前、聖武天皇の勅詔と光明皇后のおことばを受けて、神亀2年(725)6月8日高僧行基菩薩に依り開かれた関東最古の勅願所です。正しくは乾坤山日本寺(けんこんざんにほんじ)と称し、時に帝よりはわが国の国号を冠する「日本寺」の勅額、宸翰並び黄金五千貫を、皇后よりは御手づからの刺繍になる三十三観音の軸物及び御戸帳料綾錦十匹を賜りました。初めは法相宗に属し、次いで天台、真言宗を経て徳川三代将軍家光公治世の時、曹洞禅宗となって今日に及んでいます。現存の古碑銘にあるように、嘗ては七堂、十二院、百坊を完備して、良弁僧正、慈覚大師、弘法大師などの名僧が訪れ修行した我が国でも稀に見る古道場です。本尊の薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)は日本三薬師の随一として尊敬を集め、江戸時代の最盛期には実に三百万人講の名を以て東海千五百羅漢彫刻の大工事が行われました。

頂いてきた栞に記載される由来記を転載してみましたが、行基が開山したと云うのはマユツバものよ。と云うのも行基が活躍したのは専ら都を中心とした畿内のことで、関東に下向して来たことを示す傍証は何もないの。この日本寺に限らず、関東でも多くの寺院が行基との関連付けを以て開創縁起を語るけど、殆どが寺格を高めるために後世に付与されたものなの。譬え嘘でも信ずるものには事実−の世界ですが、確かな記録が残されていない以上、誰が開創したのか分からないのも事実のようね。

≪西口管理所≫ にしぐちかんりしょ 12:05着&発
展望台からの景観を堪能した後は矢印の案内に従い、日本寺の西口管理所に向かいます。管理所と云っても普通の拝観受付なのですが、ここまで来ると観光客の方は途端にいなくなってしまいました。皆さん、ロープウェイの往復のみで帰られてしまうのでしょうね。受付を済ませていざ日本寺巡り。右掲は境内の案内図ですが、拝観料(¥600)を払えばもれなく頂けますので御出掛けの際に頂戴して下さいね。早速境内の御案内に移りますが、33haにも及ぶ広大な境内を全て見て回るとなると、それだけで一日掛かりになってしまうの。訪ねた時には主な見処に的を絞って拝観を終えていますので御了承下さいね。

≪十州一覧台≫ じゅっしゅういちらんだい 12:12着 12:20発
西口管理所の直ぐ先にある案内板からはひたすら石段を登ります。途中は木立に遮られて周囲の景観を眺めることは出来ませんでしたが、石段を登りきると整備された広場に出るの。一覧台というだけあって、ここからの眺望が素晴らしいの。先程の山頂展望台は行楽客の方が大勢いらっしゃいましたが、ここにやってくる方はいないみたいで、雄大な景観を独り占め。手摺りに凭れながら東京湾を行き交う船の航跡を暫し眺めていました。浅間神社の小さな社が東京湾を背にして、傍らには世界救世教記念碑も建てられているの。あれ〜、そう云えばここはお寺じゃなかったの?日本寺の仏さまは殊の外寛容であらせられるようですね。その景観を紹介したいところですが、生憎と手許には記念写真しかなくて出来ないの。ごめんなさい。

十州一覧台から百尺観音までは境内を歩いていると云うよりも、遊歩道を歩いているような気分。もっともその広さが故に日本寺全域を遊歩道が巡っているような感じなのですが、木々の間からは保田海岸も垣間見えるの。

百尺観音 ≪百尺観音≫ ひゃくしゃくかんのん 12:40着 12:52発
20分程歩くとあるのがこの百尺観音。像の前に連れの一人が立つので、いかに大きなものかお分かり頂けるかと思いますが、頂いた栞には世界戦争戦死病没殉難者供養、並びに東京湾周辺の航海・航空・陸上交通犠牲者供養の発願の許に6年の歳月を経て完成したものと記されているの。願わくはこの百尺観音がアフガニスタンのように戦禍の下に破壊されてしまうことがないように‥‥‥(拝)。

そしていよいよ名所「地獄のぞき」へ。百尺観音からは来た道を少し戻り、迂回するようにして登るの。ところが「地獄のぞき」への道はこれまた急な石段の連続なの。普段の運動不足からゼイゼイ、ハアハア。登ることに必死で振り返る余裕も無く、周囲の景観を写真に収めるのも忘れてしまったの。

≪地獄のぞき≫ じごくのぞき 13:02着 13:15発
左の写真は先程の百尺観音前の広場から見上げた「地獄のぞき」なの。連れの二人を先に行かせて手を振らせてみたのですが、小さすぎて分からないわね。巨大な岩が突き出た自然の造形物ですが、何とも不思議な光景で、よく崩れ落ちずにいるものね−と感心させられてしまうわね。画面右手には百尺観音、下方には北口拝観受付があり、浜金谷駅から続く登山道になっているの。But 登山道を登って来られる方はいらっしゃらないみたいね、受付は無人でした。

息を切らせ、急な石段を登ると「地獄のぞき」の迫力ある景観が目に飛び込んでくるの。先端に立とうとすると、前に向かい、足元が傾斜しているので転んだりしたらた〜いへん。防護柵のフェンスが張られてはいますが、それでも立つにはちょっと勇気が必要よ。高所恐怖症では足がすくんでしまうの。写真は手前から撮した景観ですが、横から見るともっと怖いの。傍の広場で一息ついたところで陽光煌めく保田海岸を見やりながら次の大仏広場へと向かいます。

≪千五百羅漢≫ せんごひゃくらかん 13:24着 13:25発
参道脇には隠れるようにして羅漢像が祀られているの。頂いた栞には名工・大野甚五郎が21年間にわたり、門弟27名と共に生涯を掛けて刻んだもの−とあるのですが、世界一の羅漢霊場として云々の割りには少しばかり寂しい風情ね。明治期の廃仏毀釈以来荒廃したまま今日に至ると記されてもいますが、時代の流れと共に人々の信仰心も希薄となってしまった今日では致し方の無いことなのかも知れないわね。

≪通天関≫ つうてんせき
更に石段を下るとあるのがこの通天関。百尺観音と同じようにこちらも岩盤を刳り貫いて造られたもので、山門よろしく両袖には仁王さまが脇侍しているの。その名の如く、天に通ずる関所で、ここからの石段道は天国に通じる階段だそうな。そんなあ〜、そうとは知らずに上から降りて来てしまったじゃないのお〜。(笑)

≪獅子岩≫ ししいわ
通天関から下る石段途中には獅子岩と呼ばれる巨石があるの。云われのほどは分かりませんが、ξ^_^ξにはどう見ても獅子には見えなくて、烏賊のコブシメに見えてしまうのですが、皆さんは如何かしら?因みに【房総志料続編】では「(通天関より)少し下れば 〔 中略 〕 右へ折れんとする處 左の方に蝦蟇石と云ふあり 圍り三丈許 自然と其貌をなす物なり」とあるように、蝦蟇( がま=ヒキガエルのこと )にたとえているの。当時は獅子岩ではなくて、蝦蟇石と名付けられていたみたいね。

≪大仏さま≫ だいぶつさま 13:45着 14:15発
長い石段を降りて広場までやって来ると、そこには大きな大仏さまが鎮座されていました。普通、大仏さまと云うとξ^_^ξなどは奈良は東大寺の大仏を思い出しますが、ここの大仏さまはそれより更に大きくて日本一。33万m²と云う、狭い部屋の住人にはちょっと想像出来ないような広大な敷地に立つ大仏さまとしてはふさわしいスケール感よね。因みに、鎌倉の大仏さまは13m、奈良・東大寺の大仏さまは18m、そしてこちらの日本寺の大仏さまは高さ31mの大きさを誇るの。

昭和44年(1969)6月、4ヶ年にわたる復元工事に依り再現した名実共に日本最大の大仏さまです。原型は天明3年(1783)に、大野甚五郎英令が門弟27名と共に3ヶ年を費して現在の地に彫刻完成したものです。当時は御丈八丈、台座とも九丈二尺あり、天下にその偉観を知られていましたが、江戸時代末期になって、自然の風触による著しい崩壊があり、昭和41年(1966)に至るまで荒廃にまかされておりました。この大仏さまは、正しくは《薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)》と称し、宇宙全体が蓮華蔵世界たる浄土であることを現わしたもので、世界平和、万世太平の大象徴として復元建立されたものです。

大仏広場には拝観グッズの売店もあり、飲み物の自販機も設置されていますので、歩き疲れた方は傍らにある休憩処で一息入れて下さいね。トイレ休憩も忘れずにね。

梵鐘 ≪仮法堂≫ かりほうどう 14:25着 14:27発
左掲は仮法堂前に建つ鐘楼に架かる釣鐘ですが、何でも海中から引き上げられた梵鐘だそうよ。経緯は分かりませんが、説明書きには国指定重要文化財とあり、その由緒も記載されていましたが、その方面に疎いξ^_^ξには読んでもその価値が分かりませんでした。その案内文を一部ですが転載しておきますね。ところで、仮法堂と称するからにはこれから正規の法堂が建立されるかしら。仮法堂にしてはそこそこの年季を経たようにも見受けられるのですが。

日本寺鐘 国指定重要文化財 総高117.5cm 口径 62.0cm 指定年月日 昭和51年(1976)6月5日
《銘文》下野州佐野庄堀籠郷/応龍山天宝禅寺/住持沙門大朴玄淳/大檀那/中務尉藤原朝臣通義/堀籠宮内左衛門尉源有元/大工/甲斐権守卜部助光/沙弥行阿沙弥道密/元亨元年辛酉(1321)12月(欠字)日(以下省略)
この鐘は、初め下野国佐野庄堀籠郷(栃木県佐野市堀米町)の天宝寺(現称天応寺)鐘として寄進され、60年を経て鎌倉五山の一つである浄妙寺鐘となり、後、江戸湾を渡り日本寺鐘となった歴史的名鐘である。日本寺に移った時代は不明。鋳工は幾多の国宝や重文の茶の湯釜を残した佐野天命(佐野市天明町)の助光である。

≪頼朝蘇鉄≫ よりともそてつ
その仮本堂の前には御覧の大蘇鉄が。「源頼朝公御手植 大蘇鉄 樹齢約800年」と案内されていましたので、石橋山の合戦に敗れ、安房の国に逃れてきた頼朝が日本寺で戦勝祈願をした際に植樹したものみたいね。

それにしても日本寺の境内に立つ案内板は余りにも淡白ね。獅子岩にしても、頼朝蘇鉄にしても名称のみの表示で、何がどうしたの?に応えてくれないの。この後に弘法井もあるのですが、源頼朝や弘法大師という名前なら歴史嫌いの方でも一度は耳にされたことがありますよね。国重要文化財に指定される梵鐘には殊の外長文の由緒書きを掲示しますが、余りにも専門的過ぎて、歴史の教科書にも出て来ないような人物を云々されてもピンときませんよね。身近な源頼朝や弘法大師こそ由縁に触れて欲しいものよね。単に獅子岩とか頼朝蘇鉄と表示された立札を見て、ふ〜んで通り過ぎてしまうのか、云われを知り、へえ〜そうなんだと納得してからその場を後にするのとでは大きな違いがありますよね。知ったからと云ってどうなる訳でもありませんが、見聞きするのも旅の楽しみの一つよね。

≪観音堂≫ かんのんどう
仮法堂を後に緩やかな石段を下ると観音堂があり、堂内からは色とりどりの布が括り付けられた綱が伸びていました。生憎と修復工事中でしたので願いも掛けずに終えてしまいましたが、綱の先は堂内に祀られる本尊に繋がり、その綱に願いを掛けてハンカチなどを結ぶの。観音堂脇には表参道管理所があるのですが、係員の方の姿も無く。もっとも表参道側から登られて来る方にはついぞ出会いませんでしたが。

≪仁王門≫ におうもん
ξ^_^ξ達はロープウェイ側から下山して来ましたが、本当はこちらが表参道だったのですね。左掲はその表玄関に建つ仁王門ですが、ここまで降りてくる人は誰もいなくて静寂そのもの。ロープウェイの山頂駅からの道は殆ど遊歩道の趣きですが、この参道の景観はやはりお寺なのね−と実感させられるの。今でも参禅などが行われる日本寺ですが、嘗ては修験者達が修行する霊場でもあったの。

≪弘法井≫ こうぼうのい
参道の傍らで見つけた弘法井。立て札には「弘法手穿の泉」と極めて淡白な説明のみで詳細は不明ですが、さすがは弘法大師、素手で井戸を掘られたのですね。と云っても実際には元からあった湧水に後世になって逸話が付与されたものでしょうね。千年未だ絶えず−とも説明にありましたが、千日行に臨み、早朝から山頂を目指して「地獄のぞき」から身を乗り出して修行し、走り掛けしてきた弘法大師はこの水で喉を潤していたのかも知れないわね。

≪表参道入口≫ おもてさんどういりぐち
仁王門から参道入口まではやたら長くて15分以上も歩いたような気がするの。表参道から入山しようとすると緩やかとはいえ、延々と続く石段を登らなければなりませんので、仁王門に辿り着く頃には疲れきってしまうかも知れないわね。昔の人はひたすら自分の足で石段を登り参詣したのですから、それだけでも頭が下がる思いがするわね。加えて、辿り着いた仁王門からは境内全域が登り道になるの。ですが、小学校低学年の時に遠足で来た時はこんなに石段ばかりだった印象が無く、土の柔らかさを感じて登ったような気がするの。もっとも当時は山の中を駆けずり回って遊んでいましたので、急な坂道も難なく登っていたせいかも知れないわね。つくづく体力の衰えを感じてしまいました。(^^;

8.保田遊歩道 ほたゆうほどう

9.JR保田駅 ほたえき 15:12着 15:18発

レンゲ草 表参道の入口からは緩やかな下り坂が続きますが、内房線の線路の手前に遊歩道への入口があり、歩くこと20分余りで保田駅に辿り着きます。菜の花も満開の時期を迎え、辺りには黄色のお花畑が点在していました。途中では田圃の中に綺麗なレンゲ草の群落を見つけましたが、畑ではソラマメや鞘エンドウが白紫色の花をつけるなど、季節感が乏しい昨今ですが、ここには間違いなく春が訪れていたの。当時は参道入口から保田駅までの所要時間が分からず、遊歩道を歩いた時には乗車予定の列車時刻の兼ね合いもあり、少しばかり焦っていましたが、無事予定の列車に乗り込むことが出来ました。保田駅からは各駅停車に揺られて二駅先の岩井駅に向かいます。

10.JR岩井駅 いわいえき 15:25着

岩井駅から宿泊先まではタクシーを利用する積もりでいたのですが、駅前に降りたってみたもののタクシーが一台もいないの。ちょっと歩くには遠すぎるみたいだし、疲労感漂う連れの二人の顔を見ていると今更また歩けとも云えず。そうだ、送迎って手があるじゃないの−とメモを取り出して電話をして待つこと暫し。ドアに弁天鉱泉の文字の入る車が走り込んで来ましたが、ふと、車から降りた運転手の方の足元を見ると長靴姿で。あれ〜、こだわりの宿のハズじゃあ(笑)。後で分かったことですが、湯守りもされている方で、急な送迎依頼に客を待たせてはと慌てて車を走らせて来たみたいね。

11.弁天鉱泉 べんてんこうせん 15:41着

所要時間6分程で今宵の宿の弁天鉱泉に到着。冒頭でも触れましたが、今回の旅のもう一つの目的がこの こだわりの宿・弁天鉱泉 でした。千葉の散策コースを調べていた時に見つけたのですが、宿のHPには≪こだわりの宿・一日四組限定≫との文字が最初に現れて、房総の秘湯とも書かれていたの。旅館古来のわび・さびにこだわり、素朴な心でおもてなし、もう一度泊まってみたい旅館づくりをと考えております−の謳い文句に惹かれての宿泊でした。クレジットカードもダメだし、旅行会社との協定もしていない、今時そのような旅館が南房総の地にあるとは思ってもみませんでした。気になる料金にしても一日四組限定などと云うと普通は一人当たり¥40,000〜¥50,000は取られるのに、¥13,000〜¥18,000と手の届く範囲。

そして何よりも気になったのが館主の裏稼業。HPにはピアノの調律の仕事請負の案内が。その時思い描いた印象は、親の意向を無視して音楽家として身を立てようと家を飛び出したけれど、旅館の跡継ぎという立場に変わり無く、終には親元に呼び戻されて嫌々稼業を継がされて今日に至り、持ち前の偏屈さがかま首をもたげて嫌な客には塩でも蒔いておけと云わんばかりの館主−といったイメージ。芸術に携わる方はどこか変わり者の方が多いので御多分に洩れず‥‥‥かと思い、そのような館主の運営する旅館ならば是非一度泊まってみたいなと。そんな風に考えるあなたも変わり者よ−とは連れの評ですが(笑)。誤解の無いように書き添えておきますが、これはξ^_^ξの宿泊前の甚だ勝手な想像の産物よ。実際に館主の方にお会いして色々とお話しをお伺いする機会を得ることが出来ましたが、気さくな方で、楽しみながら旅館を運営されていることが分かりました。

残念ながら左掲の写真には撮し込まれていませんが、お部屋からは東京湾の向こうにうっすらと富士山が見えていたの。視線の先には木々に囲まれた建物がありますが、後で御主人に訊ねたところ、某宗教団体の建物だそうで、反対を押し切り建設されたとのこと。出来てみれば背丈の大きい木が植栽され、当館からの眺望も遮られてしまい、景観を宿泊客に提供するのも大事なサービスと心得て当該施設と掛け合い、木を切らせたとのことでした。う〜ん、仲々出来る話しでは無いわね。

明るい内に先ずはと湯に向かいましたが、沸湯の多い房総の地では珍しい鉱泉湯なの。ホウ酸・硫黄・硫化水素などからなる硫黄泉で、近くにある弁財天の祠近くより湧き出で、故に弁天鉱泉と名付けられたとのこと。写真は同館HPに譲るとして内湯にしても鄙びた風情の岩風呂が何とも云えないの。まったりとした湯に身を沈めていると房総の秘湯と呼ばれる所以が分かるような気がするの。余談ですが、連れにはこの「まったり」と云う表現が理解出来ないそうですが、標準語ではないのかしら?ξ^_^ξはこの湯の表現として言い得て妙だと思っているのですが。何でも日に数度お湯の色が変わると云うことでしたが、一度きりでしたので追体験出来ずに終えているの。やはり湯治客のように長逗留しないとダメなようね。

左掲はお部屋から望む露天風呂の後姿ですが、正面写真は同館HPを御参照下さいね。影向(ようごう)の湯と呼ぶのだそうですが、そのお風呂にもこだわりがあり、屋根や湯船を囲む擬竹、そして敷き詰められた那智黒石も、全て御主人の趣味だそうよ。露天風呂と云いつつ金魚の池みたいなものが多い中で、一日4組の宿泊客のためには贅沢過ぎる造りになっているの。3人揃って入浴しましたが湯船も泳ぎ廻れる広さよ(笑)。富士山を背景に東京湾を行き交う船を見ながら、暮れ行く至福のひとときを過越しました。

その露天風呂にしても、一日4組だけの宿泊なので湯守の方に声を掛けて頂ければ家族風呂として利用出来ますよ−ということでした。内湯から上がり、露天風呂に向かうと先程送迎して下さった方がいらっしゃいましたので声を掛けて入浴しました。制限時間は30分以内ですが、僅か4組だけの宿泊ですのでお互いに譲り合って御入浴頂ければ−と嬉しい配慮が。因みに、左掲はお部屋からの夕陽ですが、湯上がりのひとときを夕陽を見ながらお部屋で過越せるのも素敵ね。

お部屋で寛いでいると係りの方が来られて−食事の用意が出来ましたのでどうぞ−と。あれ〜確か部屋食のハズでは?と、思わず皆して顔を見合わせてしまいましたが、聞けばお休みになるお部屋とは別に、食事をするためだけのお部屋を用意しているとのことでした。そうして案内されたお部屋の座卓には御覧のように所狭しと並べられたお料理の数々。何よりも感激したのがξ^_^ξの好きなヒラメの活き造りが一尾ド〜ンと並べられていたの。普通は活き造りなんて別注で頼まない限り出て来ないものよね。

予約の際にも料理の追加は必要無いと思いますよ−と仰っていましたが、その理由が分かりました。これだけ美味しそうなものが並ぶんだもの、ちょこっと飲もうよ−と宿のオリジナル・影向(ようごう)を頼みました。この影向ですが、後で館主の方に聞いた裏話では、地元の蔵元に頼み込んだところ、最低でも3,000本!を保証してくれなければ造らないということになり、さばけるかどうか不安だったがエイヤ!で頼んでしまった代物だそうよ。ラベルも館主自らのデザイン。お土産にも買い求めたのですが、ξ^_^ξの貢献度ではたかが知れていますので、お泊まりの際には皆様も是非御留飲下さいね。

ほろ酔い気分になって来た頃に「ちょっと失礼します」と普段着姿の男性が現れて。女将ならまだしもこの人一体何者?と瞬間思ってしまったの。「当館の主をしているものです」と名乗ってくれなかったら、館主だなんて分かりませんでしたし、偏屈オヤジを勝手に想像していたξ^_^ξは、まさか館主の方が宿泊客の前に姿を見せる−なんて思ってもみなかったの。きょうはどちらか廻って来られましたか?と訊ねられたので、鋸山をぐる〜っと歩いて来ましたと応えると−あ、そうですか、じゃあ帰ろうかなあ〜と笑いながら腰を浮かせて帰る真似をされましたが、何でも鋸山を歩いて来た方は疲れてしまっていて機嫌が悪いのだとか。なので鋸山を歩いて来た−という方には出来るだけ話しかけないようにしていると冗談混じりの会話から始まって。ξ^_^ξの先入観がそれこそ鋸山の頂上から転がり堕ちた瞬間ね。けれど、お話しが御食事のことに及ぶとそこには館主のこだわりぶりが‥‥‥

どこへ行ってもマグロのお刺身と天ぷらが付いてくるような食事が出て来ますが、それで満足出来ますか?うちではそんなものは出しません。この辺りではマグロは漁れないんだし、かと云って冷凍物をお客さんに出すなんてことは出来ません。それにお客さんは食事を楽しみに来ていらっしゃる訳だから、活き造りでも何でも食べたかったら別料金を頂きます−ではお客さんを裏切ることになります。大きな旅館やホテルでは前の日から作っておいた物を平気で出すところもありますが、うちではそんなことは一切していません。なので大勢いらして貰っても困るのです。

宿泊の記念に連れの二人と一緒に写真に収まって頂きましたが笑顔の素敵な方ですよ。
御尊顔を披露出来ないのがかえすがえす残念ね。

二日目:房総最南端・野島崎灯台

12.弁天鉱泉 べんてんこうせん 10:00発

二日目のきょうは、ちょっと足を伸ばして房総半島最南端にある野島崎灯台へ。But 申し訳ありませんが、ここから館山迄はある特殊事情(^^; により省略させて頂きますね。景観写真の掲載に留め置きますが御了承下さいね。因みに、左掲は富山町が冨山山麓に何と!総工費2,000万円を投じて造っと云う水車小屋と、那古船形にある崖観音よ。全部で7枚程アップしてありますのでお楽しみ下さいね。

13.JR館山駅 たてやまえき 13:21着 13:45発

時間の余裕がありましたので、房総の最南端に足を伸ばしてみようと、館山から安房白浜行のJRバスに乗車して野島崎灯台へ向かいました。やがて灯台が見え隠れして来たのですが、灯台口バス停が近づき−野島崎灯台へはこちらで降車下さい−と車内アナウンスがあったものの、灯台まではかなりの距離があるの。おまけに花が咲いてるとは云え、畑のど真ん中のバス停なの。バスが停車するのを待って運転手の方に−すみません、灯台へ行くにはここでいいんですか−と訊ねてみたものの、嫌々そうにただ頷いてくれただけ。思わず、口利けないの!と怒鳴りたくなってしまったの。

誰も道を訊ねた訳ではなくて、灯台までの距離が大分あるようでしたので、念のために確認させて貰ったまでのことなのに。そうです−とひとこと云って下されば済むものを。業種は違っても同じサービス業に従事する者として許せないんですよね、こういう人。バスの運転手と雖も立派な接客業だとξ^_^ξは思うのですが。無愛想な年配の運転手で嘗ての国鉄職員を思い出してしまいました。JRバスと云えば旧国鉄、仕方ないのかも知れませんね。運賃:¥580 所要時間:約40分

14.灯台口BS とうだいぐち 14:23着

バスを降りてみたところで民家も無く道を訊けるような人も見かけず、灯台の方角を目指してそれらしき道を歩きました。以前来た際にはバス停を降りると目の前が灯台でしたので迷うことも無かったのですが、違う所で降ろされ、延々と歩くハメになってしまいました。分かってしまえば何のことは無いのですが、案内板の一つもあればと思った次第です。灯台口バス停で下車した後はバスの進行方向右側に見えるGS脇の道を右折して下さいね。道なりに10分程歩けば建ち並ぶ土産物店の脇に出るの。

館山駅から洲崎経由のバスに乗車された方は南房パラダイスや白浜フラワーパークを経て、目の前に灯台が建つ野島崎灯台バス停で降車出来ますよ。幾れにしても乗車前に運行経路は確認した方が良さそうね。

15.野島崎灯台 のじまざきとうだい 14:34着

白浜では船底がガラス張りになった海底透視船が運航されていますので体験乗船しようとしたのですが、強風のために運航休止中。おまけに灯台(灯台見学料:¥150)までもが同じ理由で登ることが出来なかったの。透視船には乗船出来ないし、灯台にも登れないとあっては野島崎の楽しみも半減してしまいますが、こればかりは仕方無いわね。因みに透視船は、その名も野島崎海底透視船(株)が二艘を就航させているの。但し、03〜10月迄の季節就航で、野島崎周辺を20分程で周遊するの。時にはアワビやサザエを採る海女さん達の姿も見ることが出来るそうよ。乗船券:¥600 お問い合わせは Tel:0470-38-2625 へ。

空は晴天でしたが、兎に角凄い風で、砕け散る波が風に飛ばされるの。カメラを構えていてもじっと立っていられないほどでした。灯台の周囲は公園として整備され、岩場は風が無ければ格好の磯遊びの場ですが、生憎の強風で身の危険を感じ、(^^; 近づきもしませんでしたが。

房総最南端の碑ですが、ホントの碑は傍らに巨大な御影石で造られたものがありますが、灯台を一緒に写し込みたくてこちらを選んでみたの。近くの岩場には「朝日と夕陽の見える岬」の標識が建てられ、「南房総白浜サンライズポイント」とあるの。ベンチが一基置かれていましたので、穏やかな日にはのんびりと大海原を眺めて過ごすのも良いかも知れないわね。But 訪ねたときには写真を撮っていたら次から次へと人が来てしまい、一基しかないベンチの奪い合い(笑)。早々に退散しました。岬を一周する遊歩道は20分もあれば歩くことが出来ますが、つい右や左に蛇行するもので40分近く掛かってしまいました。太古の昔に海から陸上に這い上がって来た遠い遠〜い生物としての祖先の血が温かかった海への郷愁を呼び覚ますのかしら、海辺を歩くと不思議と安らぎを憶えますが、そのせいでいつものんびりとしてしまうの。

16.安房白浜BT あわしらはまばすたーみなる 15:56発 2番乗場

大分昔の話しになりますが、洲崎経由のバスに乗車して伊戸バス停で下車してから館山ファミリーパークや南房パラダイスを見学しながら千倉駅まで歩いたことがあるの。当時はお金が無かったこともあるけど、元気だったのですね。春の陽射しを浴びて黄色の花を咲かせる早咲きのタンポポに、当時もレンズを向けていたことを懐かしく思い出しました。すっかり気力も失せた今となっては素直に文明の恩恵に浸ることに(笑)。灯台から安房白浜BTへは歩いても10分足らず。バスターミナルというので乗客も多いのではと思いきや、乗車したのは他には一組の観光客に、地元の方と覚しき方が一人という寂しい状態でした。

17.JR館山駅 たてやまえき 16:25着 16:48発

館山駅に到着して運賃を払おうと料金表を見ながらまごついていると
どちらから乗車されました?
3人、始発からなんですが‥‥‥
でしたら1人¥590ですから¥1,770になります。
極く普通の会話だと思うのですが、行きに乗車した際の運転手の対応に呆れていたので、ひどく新鮮に感じてしまいました。おまけに料金箱にお金を入れると「ありがとうございました」 のことばが返って来て。路線バスに乗車して礼など云われたことの無かったξ^_^ξはついつられて−お世話さまでした−と云っていました。気分を良くしての降車でしたが、老練した方が無愛想で、若い方の方が対応がいいなんて、普通、逆だと思うのですが、やはり人各々のようですね。

当初、東京湾に沈む夕陽を海上から眺めてみようと、館山から浜金谷までは内房線に乗車して東京湾フェリーに乗り継ぎ、久里浜からは横須賀線で帰京というプランでした。野島崎では強風が吹き荒れていましたので、フェリーも休航ではないかしらと気になり、バスへの乗車前に電話で確認してみたのですが、案の定、強風により運航を見合わせているとのことでした。仕方無く陸路で帰京することに一度は決めたのですが‥‥‥

18.JR浜金谷駅 はまかなやえき 17:15着

フェリーへの乗船を諦めてのんびりと列車に揺られて帰ろうとしていたのですが、浜金谷駅への到着を知らせる車内アナウンスがあると、今まで席に座っていた他の乗客の方々が網棚の荷物を下ろし始めたり、ゴルフバッグを持った方がドアに向かったりするの。どう見ても地元の方には見えなくて殆どの方が行楽客風情なの。あれ〜、フェリーは確か休航してるんじゃないの?それとも風が弱まったので運航を再開したのかしら。でも皆んなどうやって知ったのかしら。ま、いいや。これだけの人達がいるんだから運航してるのでしょうね、きっと。と云うことで他人任せな判断の元に降車を決意しました。

まあ、それにしても皆さんの足の速いこと。改札を出た時には一団だったのに、気が付いたらξ^_^ξ達は最後尾を歩いていたりして。臨時便でも出航するのかしら、最後の便なのかな?だとしたら乗り遅れたりしたらマズイなあ。聞けば良いものを気配だけで判断し、一団に遅れまいと連れの二人をけしかけて。フェリー乗場に到着してみると乗船券売場には黒山の人だかり。良かったあ、これで夕陽が見られるかも知れないと安心したのは束の間で、いざ乗船してみたら夕陽どころでは無かったの。

19.金谷港 かなやこう 18:05着

一時間近く待たされてやっと乗船。夕陽もとうに沈んでしまいました。乗船して見ると左程の揺れも無く、こんな程度で何で様子見をするのかしら−などと思っていたのですが、防波堤のお蔭で波のうねりが抑えられていたのですね。出航して湾内から離れると途端に揺れが大きくなって。甲板で記念写真を撮っていたのですが、大きく船体が揺れて立っていられないほどでした。面白いからと左舷側の手摺りに掴まりしばらくは踏ん張っていたのですが、高波が船体にぶつかり、いきなりその波飛沫を浴びたり。左に傾いた際にふと右舷側を見ると陸地側の明かりが忽然と消えて、空でした。(笑)

このままでは海に投げ出されると身の危険を感じ慌てて船室に。気が付けば甲板にはξ^_^ξ達の他には誰もいなかったの。船室に戻ったところで揺れは変わらず、空いている席を見つけて着席。その内ドオ〜〜ンと物凄い音と共に船体が震えて大きく傾いて。と同時に、きゃあ〜〜〜という乗客の悲鳴。すわっ、転覆かと思わず腰を浮かせてしまったの。その後直ぐに船は速度を緩めたのですが、顔面蒼白の方も多く、皆、寡黙でした。船酔いされた方も多く、ξ^_^ξも転覆するのでは?と大いに不安を感じていたので、前方のテレビに何が映し出されていたのか記憶が無いの。

久里浜港への入港を知らせるアナウンスが聞こえた時の嬉しさは、経験した方で無ければ分かりませんよね。下船時に振り返って東京湾を見たのですが全ては闇の中。強風のため、通常より10分ほど長い船旅でしたが、未だ嘗て旅行中に身の危険を感じたことは後にも先にもこの時だけよ。当たり前か(笑)。乗船券:¥500 所要時間:35分(通常)

20.久里浜港 くりはまこう 18:50着 18:55発

陸地に無事降り立つことが出来ると急に全身の力が抜けたようで。久里浜港からは行政センター経由・京急久里浜行のバスに乗車しましたが、地べた(^^; を走っている−と云うだけで、絶大なる安心感があるわね。運賃:¥190 所要時間:約20分

21.京急久里浜駅 けいきゅうくりはまえき 19:12着

22.JR久里浜駅 くりはまえき 19:24着 19:32発

バスの車中も混んでいたし、道路も混んでいて急な加減速が度々あり、立ったままで20分近く乗車していたので疲れてしまいました。京急久里浜駅とJRの久里浜駅は隣り合わせと勝手に思っていたのですが、何と歩いて10分以上も離れているの。オマケに歩くにつれて辺りの明かりも少しずつ減り、普通でしたら駅に近付くに従い賑やかになって来るはずなのですが、この先にホントに駅があるの?と不安を感ずるような趣きよ。駅にしても京急に較べ、JR側は寂しい駅ね。乗客の姿もポツンポツンと見受けられるだけ。ホームに停車していた快速・東京行に乗り込みましたが、リッチな気分を味わおうとグリーン車に乗車してみたの。さぞ夜景が綺麗だろうと期待したのですが、窓ガラスに映るは自分の顔だけで些かゲンナリとしてしまいました(笑)。今思うと京急久里浜駅からそのまま京急に乗車すれば良かったかも知れないわね。乗車券:¥1,210 グリーン券:¥950

23.JR東京駅 とうきょうえき 20:54着

変化を求めて東京湾横断コースを採り帰京しましたが、この日ばかりは陸路を使った方が時間的には断然有利だったみたいね。高波で身の危険を感じたフェリーの乗船でしたが、無事、東京駅に辿り着きました。過ぎてしまえばそれも一つの楽しい思い出だったりするの。


今回の旅は内房フラワーセンターが閉鎖になっていたり、食事処が回転寿司になっていたりと、先行きに不安を感じての始まりでしたが、鋸山山頂からの東京湾の展望や、大きなスケール感を持つ日本寺を見るにつけ、我が郷土・千葉も満更捨てたものでもないわね−の印象ね。こだわりの宿の触れ込みに惹かれて宿泊した弁天鉱泉ですが、華美な施設もカラオケも無いので静かな至福のひとときを過越すことが出来ました。そして何よりのお土産が宿の御主人にお話しを伺う機会が得られたことね。鋸南町には紹介した鋸山の他にも明鐘岬や法華崎遊歩道など、未だ見ぬ景勝地を多く残しますので、機会を見つけて再訪してみたいものですが、皆さんも一度お出掛けになってみては?それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥

お出掛け時の御参考までに、下段に今回の費用概算を載せてみましたが、
当時 ( ′02.03 現在 ) のものですので呉々も御注意下さいね。

内訳 日付 摘要(1) 摘要(2) 金額(¥) 小計(¥)
交通費 一日目 JR内房線・特急券 特急・新宿さざなみ号 1,880 8,960
JR内房線・乗車券 東京山手線内〜館山 2,210
鋸山ロープウェイ 山麓駅〜山頂駅(片道) 450
二日目 JRバス 館山〜野島崎灯台入口 580
JRバス 安房白浜〜館山 590
JR内房線・乗車券 館山〜浜金谷 400
東京湾フェリー乗船券 金谷港〜久里浜港 500
京急バス・運賃 久里浜港〜京急久里浜 190
JR横須賀線・乗車券 久里浜〜東京 1,210
JR横須賀線・グリーン券 久里浜〜東京 950
宿泊費 弁天鉱泉 一泊二食付 18,000 18,150
入湯税 150
拝観料 日本寺 600 600
合計 27,710

今回の宿泊では海側のお部屋を希望しましたので¥18,000でしたが、
更にお得な¥13,000、¥15,000の宿泊コースもあるの。詳しくは 弁天鉱泉 を御参照下さいね。

鋸山を始め、鋸南町全体の観光情報は鋸南町商工会が運営する ここは房州安房の国 千葉県南房総 を、
鋸南町観光協会の提供する観光案内は こちら を、
久里浜港〜京急久里浜駅間のバス時刻表は 京浜急行バス を御参照下さいね。

そして、弁天鉱泉を知るきっかけを作って下さったのが、千葉県最大の情報提供・検索サイト BAY-WEB なの。
−南房総の秘湯・弁天鉱泉を訪ねて−という特集記事が掲載されていますので、お出掛け前にお立ち寄り下さいね。






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