≡☆ 初夏の佐渡紀行 ☆≡ 95.06.10 - 95.06.12 [ 2/3 ]
二日目のきょうは外海府海岸を巡ります。S字形をした佐渡島ですが、北東に延びる陸地の海岸線が海府海岸で、東側を内海府、西側を外海府海岸と呼ぶの。日本海の荒波の侵食を受けて奇岩景勝地が広がるのがこの外海府海岸。中でも北端に位置する大野亀にはこの時期でしか見ることの出来ないトビシマカンゾウの大群落の開花が見られるの。実はこの時の旅の目的の一つがこのトビシマカンゾウなの。碧い海を背景にして岬を埋め尽くす黄色のトビシマカンゾウの群落の景観写真にすっかり魅せられ、是非この目で見たいと思っていたの。

二日目:秘境・外海府めぐり

12.両津フェリーターミナル りょうつ 9:20発
新潟交通佐渡 訪時には同じく 新潟交通佐渡 の定期観光バスの秘境外海府めぐり【かんぞう号】に乗車しましたが、現在は大野亀と岩谷口の間がバスの通行が出来ないことから運行されていないの。定期観光バスのみならず、路線バスも同じ状況で、バスを利用した外海府海岸の一周は今となっては不可能となり、残る手立てはレンタカーか観光タクシーの利用しか無くなってしまいました。
秘境外海府めぐり・かんぞう号¥7,890(参考)
13.佐渡フィッシャーズホテル
二ツ亀 佐渡フィッシャーズホテルは佐渡の最北端に位置し、奇岩・二ツ亀を見下ろす高台に建つことから全客室ともオーシャンビュー付なの。残念ながらトイレ休憩に立ち寄っただけですが、ホテルのロビーに続くオープンテラスからは御覧のような景観が楽しめますよ。生憎の空模様で紺碧の空と海に、緑色の絨毯に覆われた二ツ亀と云うわけにはいきませんでしたが、晴れた日には素敵な眺めを以て出迎えてくれたことでしょうね。この二ツ亀には後程もう一度触れてみますね。
余談ですがホテル内の売店でコシヒカリ・アイスをゲット。
ξ^_^ξお薦めの逸品です。未だ売られているかしら?
14.願集落 ねがいしゅうらく 10:40着
願集落は大野亀と二ツ亀のほぼ中間点に位置する集落で、戸数は僅かに20軒余りと「小さな願い」そのもの。この願集落と二ツ亀を結ぶ海岸には二ツ亀自然探勝路と名付けられた遊歩道が巡ります。踏破するとなると小一時間程掛かるようですが、その途中にあるのが次に御紹介する【賽の河原】なの。
15.賽の河原 さいのかわら
賽の河原 願集落からは15分程かしら。海岸沿いの整備された二ツ亀探勝路を歩くとゴロゴロとした石が転がる岩場に出ますが、海蝕洞窟の中にあるのが【賽の河原】なの。辺りには下北半島の恐山のミニチュア版と云った風情が漂いますが、小さな石地蔵が数多く奉納されているの。幼くしてその生命を終えた子供達の冥福を祈り、嘗ては小さな胸に抱かれていたであろう人形なども置かれ、哀しい景観ね。
馬の背 ところで、賽の河原と子供達が何処でどう結びつくの?と気になる貴女に。賽の河原とは三途の川の河原のことで、三途の川とは現世とあの世の境界を流れる大河のことね。悲しいかな、幼くして親よりも先に亡くなってしまった子供達もまた、罪を犯しているの。それは親を悲しませると云う不孝の罪。本来ならその罪の重さから地獄送りとなるはずなのですが、その幼さから猶予を与えられるの。
施願観音 代わりに賽の河原で小石を積み上げて塔を造るように指示され、完成の暁にはその罪が許され、無事極楽へと向かうことが出来るとされているの。けれど、やっとの思いで塔が完成するかに見えた頃になると大鬼がやって来て壊してしまうの。賽の河原ではそれが永遠に繰り返され、それを見兼ねた地蔵菩薩が子供を救いあげてくれると云うわけ。佐渡北端の地にこうした場所があるのも何か理由があるのでしょうね。
ハマナス 先程の願集落の名にしても能天気な旅人はロマンティックな名称ね−と思うだけでしたが、この場合の願は死後の冥福を祈ることに由来するのかも知れませんね。今でこそ、お地蔵さん=子供ですが、嘗てのお地蔵さんは【地蔵菩薩】で、生前に犯した罪から地獄に落されても地蔵菩薩が現れて、その責め苦から助け出して下さると信じられていたの。その時のお姿が子供姿のお地蔵さんだったと云うわけ。それが前述の賽の河原信仰と結び付いていったのでしょうね、きっと。
16.願集落 ねがいしゅうらく 11:30発
二ツ亀 左掲は探勝路の終点・二ツ亀を望み見たものですが、二匹の亀が並んで甲羅干しをする姿に似ていることから名付けられた景勝地。時間があれば歩いてみたかったのですが、ここでも遠目に仰ぎ見て終えざるを得ませんでした。説明に依ると、この佐渡では島のことを亀と呼び、その姿形から神の降臨する神聖な場所とされ、信仰の対象にされてきたと云うの。干潮時には陸続きとなり、歩いて渡ることが出来、その前に広がる砂浜は「日本の海水浴場88選」の一つに指定されているそうな。
生憎の空模様で残念でしたが、この後に御紹介する大野亀と共に外海府海岸を代表する景勝地。島全体が緑の絨毯に覆われる頃に再び訪ねてみたいものですね。勿論、自然探勝路の完全踏破も含めて・・・。後髪を引かれる思いで駐車場に戻りましたが、願集落からの坂道を上るとあるのが大野亀のパーキングエリア。
17.大野亀 おおのがめ 11:32着 12:30発
大野亀 佐渡のほぼ北端に位置する大野亀。二ツ亀の御案内でもふれましたが、佐渡では島のことを亀と呼ぶこともあるの。この大野亀にしてもその姿形が大きな亀のように見えることから名付けられたのですが、実は大野亀全体が何と一つの岩なの。標高 160m 余の超巨大岩で、日本三大巨岩の一つと云われているの。残念ながら未体験で終えていますが、その頂上には石塔が建てられ、龍神が祀られているそうな。
トビシマカンゾウ 訪ねた時にはトビシマカンゾウが咲き乱れ、緑の絨毯に覆われた大野亀が黄色に彩られて素敵な景観を以て出迎えてくれました。大群落を巡る遊歩道は外海府海岸の磯に落ち込む断崖絶壁をかすめ通る場所もあり、急峻な斜面にはトビシマカンゾウに負けじとイワユリも咲き誇ります。ところでこのトビシマカンゾウですが、ニッコウキスゲの一種で、その姿形からお分かりのようにユリ科の多年草なの。
トビシマカンゾウ その名は発見地の山形県の飛島に因むもので、今ではこの大野亀の大群落が日本一の規模を誇ると聞きます。呼び名が山形県に由来するなら、大野亀の頂上に祀られる龍神もまた山形県鶴岡市の善寳寺に祀られる龍神の分身なの。地元の漁師の間では古くから開花時期がコチやタイの産卵期と重なることからコチツキ花やタイ花と呼ばれて縁起の良いものとされたそうな。漁師の方々に見守られてカンゾウと龍神が不思議な縁で結ばれる大野亀。大群落をなすのも分かるような気がしますね。
トビシマカンゾウ トビシマカンゾウ トビシマカンゾウ トビシマカンゾウ
大野亀の散策でお腹が空いた方には【おおのがめロッジ】でのランチ・タイムがお薦め。
ウッドデッキのテラス席で、大野亀の景観を楽しみながらのひとときを。
18.海府大橋 かいふおおはし
大野亀を出発したバスは外海府海岸を南下しますが、程無くして大ザレ川の渓谷に架かる海府大橋が見えて来ます。と云ってもバスの車中からではガイドさんの案内が無ければ気付かずに渡り終えてしまうかも知れませんね。橋脚の高さは県内一と云われる海府大橋。バスは橋の上で一時停車してくれますのでその際には身を乗り出して谷間を眺め下ろしてみて下さいね。
偽大ザレの滝 その海府大橋の下、渓谷を流れる大ザレ川が100m余の落差を以て海に落ち込むと云う【大ザレの滝】があるのですが、残念ながら橋の上からは見えないの。左掲は代わりに車窓から見えた名も無い滝の写真ですが【大ザレの滝】をどうしても見た〜い!と云う方はアプローチが難しいので、船を借りるなどして海上から御観覧下さいね(笑)。今でこそこの橋のお蔭で難なく大ザレ川の渓谷を渡ることが出来ますが、昔は笠取峠を越えて大きく迂回しなければいけなかったの。大ザレの滝には龍神伝説が伝えられるように、辺りの谷間いにも【こしきおとし】と云う、恐〜いけれど悲しい昔話が伝えられているの。
むか〜し、昔のことじゃけんども、今みたいに車が通るような道があるわけでもなくて、皆〜んな獣道みたいな道を歩いて行き来しておった頃のことじゃ。村のもんが隣村の婚礼の席に呼ばれての帰り道のことじゃった。めでたい席のことじゃで、御馳走も酒もたらふく飲み食いさせてもろた。じゃがのう、そのお蔭でこの笠取峠にさしかかる頃にはすっかり陽も暮れてしもうた。辺りは谷あいのことじゃで暗闇が広がるばかりで、時折海からの西風がヒュ〜ッと音をたてて通り過ぎておったそうじゃ。
それでもほろ酔い気分で村へと続く道を歩いておったハズじゃが、あれだけ馳走になったにも関わらず急にお腹が空いてきたんじゃと。普段喰うたこともないような御馳走に胃袋がビックリしておるんじゃろうと思うておったのじゃが、その内堪えきれぬようになってのお、辺りに生えておった草や木の根をかじってみたのじゃが、一向に空腹が収まらぬ。そしてとうとう一歩も歩けなくなってしもうたそうじゃ。その場に蹲ると必死に助けを求めて叫んでみたのじゃが、気が付くとその叫び声は赤ん坊の、おぎゃ〜おぎゃ〜と云う泣き声に変わっておったと云うことじゃ。
わしの命もいよいよこれまでか−と思うた時のことじゃ。運良くその場を通りすがる者がおってのお。事情を知る男は村の者を背負うと後ろに握り飯を放ると一目散に走り出したのじゃ。そうしてここまで来ればもう安心じゃ−と背負うていた村の者を道端に下ろしてみると、不思議なことに何事も無かったかのように元通りの躯に戻っておったそうじゃ。
その通りすがりの者が云うには、貧しい近在の村では赤児が生まれると口減らしのために藁で編んだこしき籠に入れて谷あいに落しておったそうじゃ。そんなことからこの【こしきおとし】ではひもじい思いをしながら死んでいった赤児たちが餓鬼となって渓谷を彷徨っておったのじゃ。そうして通りかかる者を見つけてはその身体にとりつき、死に至らしめておったそうじゃ。
それからと云うもの、この【こしきおとし】を通る者は餓鬼にとりつかれたら握り飯を放って逃れるようになったそうじゃ。村の者を助けた男は佐渡の山中で仏道修行する山伏だったのかも知れんのお。 とんと、むか〜しむかしのお話しじゃけんども。
補:一部、脚色(俗にでっち上げとも云う)を含みますので鵜呑みにしないで下さいね。(笑)
19.石名清水寺 いしなせいすいじ 13:12着 13:15発
ホンの数分間立ち寄っただけですので門前での記念写真で拝観終了(笑)してしまいました。なので画像の掲載が出来ませんが御容赦下さいね。佐渡で清水寺と云えば京都・清水寺を模して造られたと云う新穂大野の清水寺を指す場合が多いので、この石名にある清水寺を呼ぶ際には石名を冠して呼称されるの。因みに京都のそれは【きよみずでら】ですが、佐渡ではどちらも【せいすいじ】と訓んで下さいね。
拝観料:境内自由
寺伝に依ると、慶長2年(1597)、この佐渡に渡り来た木喰上人の弾誓たんぜい上人(1552−1613)が背後の檀特山で修行中に霊異を感得したことから山麓に堂宇を建立したことに始まるの。弾誓上人は元々は尾張の人で、何と9歳の時に出家して以来、尾張山中に草庵を結び念仏修行すること20年余に及び、京都近在を巡歴した後にこの佐渡へ来島して来たの。その姿形は長い頭髪を振り乱し、布紙の切子を身に纏うと云う、奇々怪々のいでたちだったみたいね。世俗を超越したかに見える上人のその姿に仏を見たのでしょうね、島では熱狂的な信仰を集めたと云います。
木喰上人:この場合の木喰もくじきは固有名詞と云うことではなくて、お米や大豆などの穀物を食べずに、専ら山野に実る木の実や果物を常食とする仏道修行者のことなの。生活基盤の衣食住を極限まで切り詰めた過酷な修行は想像を絶しますね。
その弾誓上人の所縁の地に後に遺徳を慕い来島した、同じく木喰上人の行道上人が釈迦堂を建立したの。それが現在の石名清水寺の前身なの。堂内にはその行道上人が作造したとされる仏像や梵字板が残されているとのことですが、残念ながら未体験で終えています。見学時には境内にある【石名清水寺の大公孫樹】もお忘れなく。樹齢推定300年余の大木で、平成11年(1999)には相川町の天然記念物にも指定されているの。お寺の名前はその公孫樹の根元からの湧水に因むものみたいね。
20.尖閣湾揚島遊園 せんかくわんあげしまゆうえん 13:50着 14:20発
尖閣湾 佐渡随一の景勝地と評される尖閣湾は、この揚島から達者までの約2Kmにわたる海岸線を指すの。湾と云っても一つから成るわけではなくて、小さな入り江が複雑に絡み合い、フィヨルド特有の美しい海岸美が見られるの。入園料:¥500
頂いた栞に依ると、世界一と形容されるノルウェーのハルダンゲル峡湾の景観に勝るとも劣らない美しさから尖閣湾と名付けられたそうな。因みに尖閣湾とはハルダンゲル・フィヨルドの和訳なの。な〜んだ、そのまんまじゃん(笑)。昭和25年(1950)には国定公園に編入され、その名を一躍有名にしたのが昭和29年(1954)の映画『君の名は』なの。撮影に際してこの尖閣湾の揚島がロケ地として利用されたの。残念ながらξ^_^ξの生まれる前の話しなのですが、真知子巻に憧れた方には特段の思いがあるのかも知れませんね。園内には湾を見下ろす地に原作者・菊田一夫氏の文学碑も建てられています。
君の名はと 訊ねし人あり その人の名も知らず
きょう 砂山にただ一人来て 浜昼顔に訊いてみる
今なら「じれったいわね〜ホントに」と罵声が飛んで来そうですが、古き良き時代よね。この一節にヒロインと我が身を重ね合わせて恋に胸ときめかせた自分を懐かしく思い出される方も多くいらっしゃるのではないかしら。そんな貴女に駄目押しのフレーズを御紹介しておきますね。映画に先立ち、放送されていたラジオ番組でのナレーションなの。当時を知る由もありませんが、ことばには永遠の生命いのちがあるわね。
忘却とは 忘れ去ることなり 忘れ得ずして 忘却を誓う 心の悲しさよ
揚島遊園 揚島水族館:ここでは珍しい烏賊の泳ぐ姿が見られるの。最近では専ら目にするのは烏賊ソ〜メン状態の彼等ですが(笑)改めて水槽内を泳ぎ回る姿を見ていると不思議な生き物に見えて来ます。2Fは資料館とありましたので水族館の延長線上のものかと思ったのですがそうではなくて、民具の展示や先程御紹介した映画『君の名は』のロケ風景の模様などがパネル展示されているの。ミニ水族館を後に右手に大岬灯台を眺めながら歩くと別名『まちこ橋』と呼ばれる遊仙橋が見えて来ます。
揚島遊園 橋を渡った先の小島が『揚島』で、展望園地になっているの。辺りの岩場ではイワユリ(スカシユリ)が競い合うように花を咲かせていました。この揚島遊園では海中透視船も運航されています。時間の関係から陸地側からの展望で終えていますので御紹介出来ませんが 尖閣湾揚島遊園 を御参照の上で御乗船下さいね。季節運航ですが湾内を15分程で廻ります。運航間隔も15分間隔と多発していますし、料金も¥1,000(入園料込)とリーズナブルよ。
ユリ ユリ ユリ
海中透視船ではありませんが、後程御紹介する【大佐渡スカイライン】コースでは遊覧船に乗船しました。
尖閣湾の海上からの眺めが気になる方はそちらも併せて御笑覧下さいね。
21.佐渡金山 さどきんざん 14:45着 15:25発
自然と歴史に彩られて多くの観光名所を抱える佐渡ですが、佐渡随一と称される尖閣湾の自然の造形美に触れたところで、次に訪ねたのがこの 佐渡金山 なの。造作物と云っていいのかどうかは分かりませんが、人の手に依るものとしては同じく佐渡随一の規模を誇ります。と云うか金山としては日本一ね。佐渡に訪ね来てその金山を見ずには帰ることが出来ませんよね。
入山料:¥600
佐渡金山は慶長6年(1601)に発見されて以来、徳川幕府の財政を支える最重要施設だったの。大政奉還を受けた後も明治政府に引き継がれ、明治29年(1896)にようやく民間に払い下げられているの。
佐渡金山 残念ながらその佐渡金山も平成元年(1989)には資源が枯渇してしまい、採掘が中止されていますが、閉山される迄に採掘された金は何と78トンに、銀に至っては2,330トンと云うのですから想像を絶する重量よね。因みに06.03現在の金の小売価格は¥2,200/g前後ですので金額にすると、さて幾らになるでしょう?手許の電卓では桁が足らないわ(笑)。オマケに採掘当時の価値を考慮するとそれこそ天文学的な金額でしょうね。
狸穴 ここではその採掘後の坑内を利用して江戸時代の採掘模様をロボットで再現しているの。今でこそ機械化された採掘が可能ですが、当時は照明にしてもロウソクや篝火で、動力は殆どが人手に依るもの。過酷な労働環境から病いに蝕まれて短い間に命を失う人が多かったと聞きます。中でも一番気になったのが宗太夫坑にある、あちこちに掘られたタヌキ穴。鉱脈を辿りながら掘り進めた結果出来たもので、タヌキが潜むような穴蔵に身を横たえて岩を削り出したの。
佐渡金山 暗い洞穴で鑿をふるうと云う精神的な圧迫感に耐えながらの過酷な作業は柔なξ^_^ξには信じ難い激務ね。一時間もしない内に発狂してしまいそう。説明に依るとその鉱脈は東西が3km、南北に600mの広範囲に広がり、その深さは800mに及ぶと云います。オマケに坑道の総延長は約400kmで、直線距離に換算すると東京迄の距離。まさに人間の強欲がなし得た地底都市の趣きね。
佐渡金山 その地底都市を襲う最大の難儀が地下水の湧出で、随所に配置されたのが人間ポンプ。その動力とされたのが無宿人達なの。定住場所を持たないと云う理由だけで捕らえられ、その平均余命は三年とも云われる程過酷な労働を強いられた彼等ですが、ロボット人形の表情からは恨みつらみがほとばしっているように感じられてしまうのはξ^_^ξだけかしら。
佐渡金山 体験坑道は当時の採掘模様を知ることが出来る貴重な展示室。岩盤から削り出された鉱石は製錬行程を経て小判となるわけですが、資料館では1/10の縮尺模型を使用して精錬過程を説明しているの。その展示にしても500体を越えると云うミニチュア人形が細かい動きまでを再現していて秀逸です。作業する人の嘆息や監督官の発する罵声が今にも聞こえて来そう。そして、見学コースの最後にあるのが佐渡金山ならでのは商品レンジを誇るお土産やさんなの。
金地金は元より、復元小判やアクセサリーが目白押し。それもそのハズ、佐渡金山を運営する(株)ゴールデン佐渡は三菱マテリアル(株)の完全子会社なの。金の価値よりもお金の価値が勝るξ^_^ξは黄金色の輝きに触れただけで素通りしてしまいました。お土産にするには金はちょっと高すぎ〜と云う貴女には無名異焼がお薦め。金山の坑道から採掘された泥を焼いたことに始まると云う無名異焼。無名異は鉱脈から流れ出る酸化鉄のことで、朱色はその素材に由来すると云うわけ。
22.両津バスターミナル りょうつ 17:10着
両津港は佐渡の云わば表玄関。ジェットフォイルやカーフェリーが接岸する南埠頭ターミナルを中心に島全域にバスが発着しています。因みに両津港を抱えていた両津市も御多分に洩れず、平成の大合併で近隣9ヶ町村と共に合併して現在は佐渡市となっているの。佐渡島全体が一つの市となったわけで単純明解ね。その両津港の背後に広がる大きな湖が加茂湖で、その畔に建つ老舗旅館が次に御紹介する湖畔の宿・吉田家さん。タクシー:¥780(当時)
23.湖畔の宿・吉田家 泊 こはんのやど・よしだや
加茂湖 左掲はお部屋から望み見た加茂湖の景観です。視界を遮るものが何もありませんので大佐渡山脈の山並みを背景にして静かな湖面が広がります。鹹水湖の加茂湖では牡蠣の養殖が盛んで、湖上にはその養殖筏が浮かびます。残念ながら訪ねたのが初夏のことでしたので味わうことが出来ずに終えていますが、3月から11月にかけてお出掛けの方ならもれなく味わうことが出来ますよ。詳しい宿泊情報は 湖畔の宿・吉田家 を御参照下さいね。
夕餉 お料理の内容などは宿泊プランにより変わりますが、嘗ては割烹旅館として名を馳せたと云うだけあって、その名に恥じない内容です。中でも小粋な一品が吉田家自家製の烏賊の塩辛で、ガイドブックにも数多く取り上げられる逸品なの。平成8年(1996)には佐渡では一番新しい温泉、その名も加茂湖温泉が掘り当てられ、屋上にある展望露天風呂からは360度のパノラマが楽しめるようになったみたい。
老舗旅館の宿泊だなんて、そんな贅沢は許されないわ。明日からはまたお仕事だからきょうはお家に帰るの−と云う貴女にはバスターミナルから車で10分程のところにある かもこ観光センター の2Fにある食事処がお薦め。キャッチ・コピーも〜店内すっぽり海の幸、ここに寄らずに帰れない〜。勿論、御飯のお米はコシヒカリ。因みに1Fは鮮魚と海産物の専門店街になっていますが食事の後に立ち寄るようにして下さいね。お腹が空いた状態では見るもの全てが美味しそうに見えて、思わぬ衝動買いをしてしまいそうよ。(笑)
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