≡☆ 潮騒の犬吠埼岬めぐり ☆≡
潮風香る岬の道シリーズ 2014/10/25

潮騒と磯の香がふと恋しくなり、ぶらりと出掛けてみたのが今回の散策なの。内容的には以前一度訪ね歩いたことのある行程ですが、時を経て姿を変えたものもあることを知り、復習と新たな発見を期待して再訪してみたの。補:掲載する画像は一部を除いて幾れも拡大表示が可能よ。気になる画像がありましたらクリックしてみて下さいね。クリックして頂いた方には隠し画像をもれなくプレゼント (^^;

飯沼観音〜圓福寺〜君ヶ浜しおさい公園〜犬吠埼灯台〜犬吠埼遊歩道〜犬吠埼マリンパーク

1.JR東京駅 とうきょうえき 7:37発 総武線・地下ホーム2番線

お家の玄関を飛び出した時点では、東京駅で総武線快速の千葉行に乗車し、千葉駅で各駅停車の銚子行に乗り換える積もりでいたのですが、いざ東京駅の地下ホームに降り立ってみれば、お隣のホームにはお馴染みの車両が停車していたの。何気なく、どこに向かう特急なのかしら?と車両を追うと、行き先案内に銚子とあるのを見つけてしまったの。そうなると、ξ^_^ξの頭の中では誘惑とおサイフの中身とのせめぎあい。たたみ込むようにして「2番線に停車中の列車は7:37発の特急しおさい1号銚子行です。間もなく発車となりますので、御利用の方はご乗車になってお待ち下さい」の構内アナウンスが。次の瞬間、隣のホームに向かい、走り出していたと云うわけ。(^^;

 
Before
After
東京駅発
07:41
07:37
銚子駅着発
10:17/10:23
09:30/10:23
当初の乗車予定時刻と見比べてみて下さいね。CPとしては最悪かも。(^^;
CPと云えば、選択肢の一つとして高速バスを利用するという手もあるわね。
京成バス千葉交通が共同運行しているの。詳しくは各社HPを御参照下さいね。

2.JR & 銚子電鉄・銚子駅 ちょうしえき 9:30着 9:45発

自由席に空席を見つけて一安心したまでは良かったのですが、特急に乗車したんだもの、銚子駅には予定より大分早く到着出来そうね、だとすると銚子駅では何時発の銚子電鉄に乗車出来るのかしら−と調べてみると、何と!銚子駅発の時刻は、当初の快速+各駅停車利用時のものと同じだったの。要は、特急に乗車しても銚子駅での待ち合わせ時間がやたら多くなるだけで、以降の行程には些かの貢献もしてくれなかったと云うわけ。それが分かったときには既に車窓には見慣れぬ景色が流れていて、後悔してみたところで After the carnival。開き直って (^^; 終点の銚子駅まで快適な列車旅を満喫することにしたの。 乗車券:¥2,270 特急券:¥1,340

JRのホームに続いて 銚子電鉄 のホームがあり、欧風の風車小屋のような瀟洒な建物が立ちますが、以前訪ねたときにはあった羽根が劣化&破損して無くなっているの。加えて、遠目では分からなかった傷みが建物のあちらこちらに。銚電は存続の危機に幾度も直面し、その都度、自治体からの資金援助や地元住民のみならず、銚電を愛する方々からの善意を受けて今日があると聞いてはいたものの、壊れたままに放置された駅舎などからは相変わらず資金難に喘いでいる姿が見えてきて、ξ^_^ξのような脳天気な旅人と雖も何とかならないものかしら−と思ってしまうの。

とは云え、ξ^_^ξに出来ることと云えば、観音駅では鯛焼きを、犬吠駅ではぬれ煎をはじめとしてお土産を沢山買い求める位のことしか出来ないのですが。それはさておき、直近の問題は銚電の発車時刻までの一時間余をどう過ごすかよね。待合室でポツネンと列車が到着するのを待つのもイヤだし、改札を出たら何か暇潰し出来そうなお店があるかも知れないわ−と、表に出てみることしたの。But いざ、駅前に出て辺りを見廻してもそれらしきものは見当たらず、予定ではこの後観音駅で下車して飯沼観音に立ち寄る積もりでいましたので、ならば、いっそのこと歩いてしまえ−と、歩いて向かうことにしたの。

3.飯沼観音 いいぬまかんのん 10:12着 10:32発

この飯沼観音は、かの弘法大師こと、空海上人の開山と伝えられる 圓福寺 の観音さまで、板東三十三ヶ所観音霊場の一つ、二十七番札所で、本尊には十一面観世音菩薩が祀られているの。この飯沼観音のルーツと云えば、漁師が網に掛かった十一面観音像を祀ったのが始まりだとされているの。正式な山号寺号は飯沼山圓福寺ですが、本坊は更にここから200m程歩いた観音駅寄りにあるの(後述)。今ではその面影を僅かに留めるお店が数軒見受けられる程度になってしまいましたが、嘗てはこの飯沼観音を中心にして銚子の繁華街や商店街が形成され、門前町として繁栄していたのだそうよ。拝観料:境内自由 お賽銭:志納

「えんぷくじ」の表記ですが、観光案内のパンフ等では円福寺ですが、寺側では圓福寺の字を充てているの。
なので、その意思を尊重してこの頁では圓福寺としています。余り拘らなくてもいいのかも知れないけど。(^^;

御覧頂いたように、現在ある堂宇はみな新しいものばかりですが、それもそのはず、先の第二次世界大戦では戦禍を受けて堂宇の悉くが灰燼に帰したと云うの。今ある建物は皆戦後に再建されたもので、五重塔の建立は、云うなれば伽藍再興の集大成でもあるの。些か他力本願で恐縮ですが s_minaga さんの 下総圓福寺 の頁には戦前の様子を含め、圓福寺の詳細が解説されていますので、詳しいことが気になる方は是非御覧になってみて下さいね。But リンク切れの際は御容赦願いますね。

4.銚港神社 ちょうこうじんじゃ 10:33着 10:38発

圓福寺の去り際に、参道右手に鳥居が建つのが見えて、訪ねてみたのがこの銚港神社なの。

御祭神 主神
相殿
 
配祀
闇淤加美神
級津彦神
級津姫神
菅原道真公
火遇突智神
(水の神さま)
(風祭大明神とも稱する)
(風の神さま)
(文教の神さま)
(火の神さま)

〔 銚港神社略記 〕 旧称を龍蔵権現と白し、遠く養老年間(717-724)の創建と伝えられます。銚子発祥の祖神にして歴代領主の祈願社として尊崇せられ、篤き信仰は江戸にまで及んでいました。徳川時代に至り、初代の領主・松平外記殿より新生村権現免と称する田地を寄進せられ、寛文2年(1662)には従五位下松平外記忠宜朝臣より、安永4年(1775)には松平圖書頭より、それぞれ石鳥居が奉献されています。また、次代の領主・松平右京亮より年々祭祀料が供進されていました。社頭に現存する石造一対の大高麗狗は、名工常三郎の彫刻にして、これは文化4年(1807)に江戸本小田原町の魚問屋より奉納されたものです。

明治2年(1869)正月、銚港神社と改名、明治6年(1873)8月に飯沼村・新生村・荒野村・今宮村・松本村・本城村・長塚村の総氏神として郷社に列せられました。爾来、銚子の発展隆昌に伴い神威愈々昂く、昭和20年(1945)県社昇格の内意を得たのですが、その年7月20日戦災を蒙り、悉く烏有に帰しました。昭和29年(1954)9月復興奉賛会を組織し、広く氏子崇敬者の協賛を求め、昭和32年(1957)6月に竣功致し、現在に至っています。〔 一部修正加筆 〕 境内自由 初穂料:志納

5.圓福寺( 本坊 ) えんぷくじ 10:43着 10:50発

飯沼観音から200m程離れて圓福寺の本坊があるの。時間の余裕もあり、観音駅に向かう道筋にあることから立ち寄ってみたの。それにしても、どうして観音堂と離れてあるのかしら?と不思議に思っていたのですが、最初から分かれていたわけではなくて、何と、嘗ての圓福寺は多くの子院を抱え、本坊から飯沼観音にかけての広大な寺域を有していたのだとか。分断&敷地縮減に至った時期や背景などはξ^_^ξには分かりませんが、諸堂が建ち並ぶ境内に、札所めぐりの参詣者を多く集めて寺勢を隆盛させていた頃が偲ばれる逸話ね。境内自由 お賽銭:志納

〔 古帳庵句碑 〕 天保12年(1841)、江戸の豪商・古帳庵(埼玉県入間郡越生町出身 本名・鈴木金兵衛)が、俳諧の友である銚子の豪商・田中玄蕃(たなかげんば)、野崎小平次(のざきこへいじ)らに招かれた時の句で、今日では銚子を代表する句になっています。同碑には古帳女(妻)の「行き戻り瓢(ふくべ)を冷やす清水哉」の句も刻まれています。

ほととぎす 銚子は國の とっぱつれ 〔 江戸小網町 古帳庵 〕

6.銚子電鉄・観音駅 かんのんえき 10:53着 11:44発

この観音駅には銚子電鉄直営の鯛焼き屋さんがあるの。ξ^_^ξも買い求めた鯛焼きを口にしながらベンチに腰掛けて通りを眺めていたのですが、地元の人や通りがかりの方々が自転車や車を止めて鯛焼きを買い求めていくの。中には「いつもの、三つね」で通じてしまう方もいて、皆さん、すっかりお馴染みみたいね。その鯛焼きですが、普通は鯛の形をした鯛焼きが多い( 当たり前ね )のですが、ここの鯛焼きはぎゅう詰めの餡に加えて、生地が型から思いっきりはみ出しているの。このサービス精神が素敵よね。(^^; みなさんも是非、お立ち寄りの上でお買い求め下さいね。

電車 その内、踏切で列車の通過を知らせる警報音が鳴り始め、上り列車が近づいてきたの。鉄道マニアではないのですが、真似事でその様子を収めてきたの。スライド風に纏めてみましたので御覧になりたい方は左掲の画像をクリックしてみて下さいね。併せて、ホームからですが、乗車した下り列車が接近する様子も収めて来たので御笑覧下さいね。下り列車が接近する様子は こちら から。但し、カメラワークを期待しちゃダメよ。(^^; 尚、御使用の環境に依っては再生が始まらずに保存を求められる場合がありますので、その際は Down Load してお楽しみ下さいね。

銚子駅から歩いてしまったξ^_^ξはここに来てようやく切符を買い求めることになったのですが、お薦めは弧廻手形( ¥620 )ね。特典付の一日乗車券なのですが、発売当日に限り、銚子電鉄の乗降が自由なの。おまけに観光施設の割引券や、ぬれ煎餅一枚サービス券まで付いてくる特典付きよ。銚子電鉄の沿線を見て歩くにはお得な割引切符ね。尚、銚子電鉄では Suica & PASMO などのICカードの利用は出来ませんので御協力をお願いしますね。

7.銚子電鉄・君ヶ浜駅 きみがはまえき 11:54着 11:56発

以前訪ねた時には無人駅ながらも凱旋門風の建物がホームに彩りを添えていたのですが、その建物も老朽化から上部が破損して欠落したままになっているの。資金難から修復することも出来ず、かといって全部を取り壊すにも費用が掛かるし−で、手出し出来ない状態のようね。以前の姿を知るだけに、その痛々しさ故にレンズを向けることも出来ませんでしたが、今目の前にある姿を含めての銚子電鉄なのかも知れないわね。感傷はさておき、駅前から海岸へと続く道の両側には御覧のようなキャベツ畑が広がっているの。毎朝のようにキャベツを口にする兎みたいなξ^_^ξでも一生掛けても食べきれないわね、この量は。(^^; 因みに、この辺りで栽培されているキャベツは冬から春先にかけて収穫期を迎える春キャベツがメインだそうよ。

8.君ヶ浜しおさい公園 きみがはましおさいこうえん 12:05着

嘗て白砂青松の景勝地として知られた君ヶ浜には多くの文人墨客達も訪ね来ているの。太平洋の荒波や吹き寄せる風の浸蝕を受けて海岸線も当時のままという訳では無さそうですが、それでも、松林を背にして目の前に広がる太平洋の大海原の景観は雄大よね。現在は、その松林を含め、君ヶ浜海岸一帯が君ヶ浜しおさい公園として整備されているの。そのおかげで、休憩所兼お手洗いなどのアメニティー施設が出来たのは嬉しいことね。勿論、今回の散策のように、海水浴シーズンを離れて季節外れに訪ねてみても利用可能よ。これなら、時間を忘れて彼と一緒に波と戯れていても平気ね。(^^;

と云うことで、君ヶ浜海岸の景観をドド〜ンとプレゼントしちゃいますね。隠し画像を含めて全部で39枚程アップしておきましたが、スライドは完全マニュアル動作 (^^; ですので、御協力下さいね。一部の画像にはコメントも付記しておきましたので、併せてお楽しみ下さいね。

掲載した君ヶ浜海岸の景観をボ〜ッとしながら楽しみたい方は こちら を御笑覧下さいね。何だ!先に云えばいいじゃんかよ〜だったかしら。(^^; 尚、こちらも御使用の環境によってはクリックして頂いても再生が始まらず、保存を求められる場合がありますので、その際は同じく Down Load した上でお楽しみ下さいね。

9.犬吠埼灯台 いぬぼうさきとうだい 12:53着

そして、いよいよお待ちかねの犬吠埼灯台への到着よ。早速、登灯したいところですが、灯台の周囲には遊歩道が整備され、灯台のシルエットを360°全方向から眺めることが出来、併せて太平洋の荒波が打ち寄せる荒磯の景観も楽しめるとあって、ひとめぐりしてみることにしたの。

〔 犬吠埼の崖地植物群落 〕 海岸の岩場や崖地は常に強い潮風にさらされ、土壌が乏しいので特殊な形や性質を持った植物しか生息出来ません。犬吠埼の一帯にはそのような植物が沢山集まっています。ここにあるハマサワヒヨドリやマルバノハマシャジンは、元々内陸のサワヒヨドリやツリガネニンジンと同じ種類ですが、全く別物ではないかと思うほどの特色があります。他にもこのような例(ノアザミ、タンポポなど)はありますが、未だ十分に研究が尽くされていません。また、イソギク、ソナレムグラは、ここが北限地です。千葉県

周囲からの景観を堪能したところで愈々登灯よ。この犬吠埼灯台は関東最東端に建つ灯台で、レンガ造りとしては日本一の高さを誇るの。but 外観からはレンガを積み上げて造られていることなど想像出来ないわね。展望台へは99段の階段を登るのですが、段数も九十九里浜に因んで設計されているの。展望台( ¥150 )からは360°の眺望が広がり、太平洋が一望のもと、地球が丸いことを実感することが出来るの。後程、その景観を御案内しますが、その前に犬吠埼灯台のことをもう少し触れておきますね。因みに、この犬吠埼灯台は後程紹介する霧笛舎と共に国の登録有形文化財になっているの。

〔 犬吠埼灯台の概要 〕 第三管区海上保安本部・銚子海上保安部
位置
構造
レンズ
灯質
光源
光度
北緯35°42'28" 東経140°52'07"
円形レンガ造り
フレネル式4面閃光レンズ 焦点距離:920mm 高さ:2,590mm
単閃白光 15秒毎に1閃光
100V400W電球(メタルハライドランプ)
110万カンデラ

明弧
光達距離
灯台の高さ
灯火の高さ
駆動方式
設置年月日
その他
169°- 65°
19.5海里( 約40km )
地上頂高 31.3m
平均水面上 52.3m
水銀槽回転式( サイクロ減速機 )
明治7年(1874)11月15日
ディファレンシャルGPS※、船舶気象通報等の運用を行っている。

※最近は携帯やスマホでもGPS機能が内蔵されているのでGPSが何なのか分かるけど、ここでは更に「ディファレンシャル」とあるの。じゃあ、普通のGPSと何が違うの?その答えを海上保安本部がチャンと用意してくれていたの。

海上保安庁では、船舶の安全のため日本沿岸でDGPSの運用を行っております。ディファレンシャルGPS(DGPS)とは、GPS(米国が運用する衛星航法システムで民間利用の位置精度は公称100m)利用時の位置精度を10m以下に向上させ、同時にGPS衛星の故障など異常発生の情報を利用者に直ちに知らせるシステムであり、有効範囲は半径約200Kmです。前方の鉄塔は、DGPS信号を送信するアンテナで、その高さは50.2mあります。第三管区海上保安本部

それでは、展望台からの景観をお楽しみ下さいね。(^^;

展望台からのパノラマを堪能したところで地上に降りて来ましたが、敷地内に霧笛舎なる建物を見つけたの。正式には犬吠埼霧信号所霧笛舎と云うのだそうですが、案内板も立てられてはいたのですが、長年の風雨に晒されて記された文字が判別出来ず、代わりに、建物内に掲示されていた新聞記事※を元に紹介してみますね。それに依ると、霧笛舎は濃霧などで視界が利かない場合に音で位置を知らせる施設として明治43年(1910)に造られたもので、現存する鉄造建造物としては国内最古の可能性が高いそうよ。霧笛の仕組みとしては、サイレンに圧縮空気を送り込み、屋根から突き出たラッパからボーッと云う重低音を発していたの。大型船舶などでは今でも出航時に大きな警笛を鳴らすことがあるけれど、基本的にはそれと同じものよね。その霧笛ですが、嘗ては常駐職員もいて、視程が一海里( 1,853m )以下になると30秒間隔で5秒鳴らしていたのだとか。※2014.07.19 付東京新聞

銚子沖は岩礁も多く、霧が発生しやすいことから大活躍したのですが、GPSなどの普及でその役割を終え、平成20年(2008)に廃止されてしまったの。目の前のコンプレッサーが再び唸りをあげることは無いのかも知れませんが、使い込まれたマシンとは云え、スイッチを入れてやれば今直ぐにでも動き出しそうよ。建物内にはもう一つ、貴重なものが残されていたの。それが犬吠埼灯台で実際に使用されていた初代のレンズなの。

〔 犬吠埼灯台初代レンズ 〕 このレンズは犬吠埼灯台が完成した明治7年(1874)から昭和26年(1951)まで使用された初代レンズでフランス製の一等八面閃光レンズです。第二次世界大戦で損傷したため、現在の犬吠埼灯台レンズ( 国産一等四面閃光レンズ )と交替するまで約80年間、大海原に光を発していました。このレンズは一時、明治村(愛知県)で展示されておりましたが、灯台資料展示館開設〔 平成14年(2002)3月 〕時に里帰りし、平成25年(2013)3月、ここ旧犬吠埼霧信号所・霧笛舎に移設されました。

敷地内をウロウロしていたときに、もう一つ、気になるものを見つけたの。最初に見掛けたときはその姿形から教会の鐘を連想してしまい、何でこんな所に教会の鐘があるの?状態でしたが、それが霧鐘だったの。読めば納得ね。(^^;

〔 尻屋崎灯台の霧鐘 〕 この鐘は、霧の深いときに打ち鳴らして近づく船に岬の存在を知らせたもので「霧鐘」と云います。我が国最初の霧信号として、英人スチーブンソンの設計を元に川口鋳造所で製作の上、明治10年(1877)11月20日、尻屋崎灯台(青森県)に設置されました。重さは1.7tあって、スコットランド製の時計仕掛けで一分間に一回鳴らしていました。明治12年(1879)12月20日に新式の蒸気霧笛にその役目を譲り、昭和12年(1937)まで葛登支岬灯台(北海道)で使用されていたものです。昭和61年(1986)4月1日 社団法人 燈光会

最後に訪ねたのが同じく敷地内にある灯台資料館ですが、ここでのお薦めは何と云っても犬吠埼灯台の初点灯時に使われていたものと同等のレンズを使用した灯器の動態展示なの。光源の光量こそ抑えてありますが、それでも駆動音と相俟って迫力のある展示になっているの。説明にもあるように、回転装置と一体となった一等レンズを見ることが出来るのは全国でもこの資料館だけなの。お出掛けの際には是非一度、足をお運び下さいね。

〔 一等レンズ 〕 このレンズは犬吠埼灯台のレンズと同等の大型一等レンズで、一等レンズの国産第一号として沖ノ島灯台(福岡県宗像市)に於いて、大正11年(1922)から平成19年(2007)まで約100年間、使用されておりました。レンズ本体の高さ2.53m、直径3.03m、レンズの重量2.65t、装置全体の高さ5.15m、総重量13tです。回転装置と一体となった一等レンズの全容を見ることが出来るのは全国で当展示館のみです。沖ノ島灯台では大きい方のレンズに赤のフィルターが付けられ、25秒を隔てて10秒間に2閃白光、更に25秒を隔てて1閃紅光を発していました。

10.昼食 於:海づくし うみづくし 13:30着 14:10発

海づくし 観音駅でボリューム感のある鯛焼きを口にしていたこともあり、この時間になってようやくお腹が空いてきたの。この後には磯伝いの怒濤めぐりが控えていることもあり、この辺りで昼食をとることにしたの。と云っても、愛犬を連れての散策でしたので、テラス席のあるお店か、テイクアウトが出来る軽食の類でなければならず、余り期待せずにいたの。幸いにも歩き始めてすぐになぎさやさんの店先に「ワンちゃんルームあります」の案内を見つけたの。加えて、銚子漁港から直送の新鮮な海の幸が食べられるとあっては迷う理由なんて無いわよね。ξ^_^ξは入店して初めて知ったのですが、海づくしは「ポチたまペットの旅」でも紹介されるなど、旅番組などでも知られたお店みたいよ。

海づくしはなぎさやさんの中にあるの。メニューなど、詳しいことを知りたい方は画像をクリックしてみて下さいね。別窓にHPを開きますので|お食事|のリンクを御参照下さいね。ペット同伴可としながらも、その実肩身の狭い思いをするケースもあるのですが、専用ルームがあるのでここではその心配は要らないの。お店の方も向こうから話し掛けて下さるなど、気さくでフレンドリーでしたよ。勿論、海の幸の新鮮さは折り紙付きよ。

11.犬吠埼遊歩道 いぬぼうさきゆうほどう

国指定天然記念物「犬吠埼の白亜紀浅海堆積物」指定日:平成14年(2002)3月19日
中生代白亜紀は、今から約1億4400万年〜6500万年前の恐竜やアンモナイトがいた次代です。この犬吠埼灯台下周辺の砂岩は、その中の約1億2000万年前に堆積した地層(堆積物)であると考えられています。地層を観察すると、当時この辺りが浅い海だったことが分かります。地層に見えるリップルマークやハンモック状斜交層理は、当時の海の波や流れが海底の砂を動かして出来たものです。海底に残された生物の活動痕の化石である生痕化石も見られます。また、この海に生息していたアンモナイトやトリゴニア(三角貝)の化石や、海岸付近の植物の化石も地層の中から発見されています。このように、この地域は白亜紀の日本の様子を知る上で重要な場所です。平成16年(2004)3月30日 文化庁・銚子市教育委員会

リップルマーク
波や流れによって海底面に出来る小さな波型模様。
漣痕(れんこん)や砂漣(されん)と呼ばれることもある。
ハンモック状斜交層理
波や流れによって砂が動かされて出来る、地層の斜め模様(斜交層理)の一つ。
台風の時などにおこる比較的大きな波や流れで出来ると考えられている。
生痕化石
海底をゴカイなどの生物が這い回ったり、排泄したりした跡の化石。

犬吠岬から老舗旅館の暁鶏館がある辺りまでは酉明浦に沿うようにして犬吠埼遊歩道が通じているの。以前訪ねたときは怒濤めぐり遊歩道の名でも呼ばれ、その名のごとく、荒波が打ち寄せる岩礁の道を歩くことが出来たのですが、波の浸蝕に依る足許の崩壊などもあり、防護柵が設置されていたり、ルートが変えられていたりして、容易には波打ち際に降りられなくなってしまったわね。以前は、気が向けば潮溜まりで磯遊びをしてみたり、時には岩場を歩いていて気付かずに打ち寄せた荒波の波飛沫を浴びてしまうなど、スリリングな散策が楽しめたのですが、専ら景観を楽しむための遊歩道になってしまったみたいで、ちょっと残念ね。

遊歩道も終盤に差し掛かりつつありますが、画面左手の海上に浮かぶ岩に御注目下さいね。以前訪ねたときに地元の方が教えて下さったのですが、昔の東映のオープニング映像で、波が岩にぶつかり豪快に砕け散るシーンがありましたが、その撮影ポイントとなった岩場だそうよ。右手にはグランドホテル磯屋が写りますが、その前辺りから撮影されたものだとか。残念ながら護岸工事等に依り波打ち際の姿も潮の流れもすっかり変わってしまい、撮影当時の景観からはかけ離れたものになってしまったとも仰っていましたが。ホテル側からだと、一番奥(沖合)に見える岩がそれだとか。似て非なるものでも構わないので見てみたい−と云う方はトライしてみて下さいね。

ごめんなさい、嘘を書いていました。Blog「アルパカはナルシスト」を運営されているNAOさまに依ると、波が砕け散るシーンに登場する岩場は犬吠埼灯台直下の荒磯にあるものがそれで、ξ^_^ξが紹介しているものは何の関係も無いタダの岩でした。ここに訂正してお詫びします。NAOさまの「房総半島岬めぐり」の最終章〜「東映ごっこ」の本家を訪ねる・続〜の頁には、所在位置などの詳しい情報と併せて、接近遭遇のレポートが掲載されていますので、是非御一読下さいね。

12.高浜虚子句碑 たかはまきょしくひ 14:40着 14:41発

〔 高浜虚子句碑 〕 昭和14年(1939)4月、虚子が日本深勝会の吟行で来泊されたときの句で、
碑は昭和27年(1952)7月、銚子ほととぎす会が建立しました。


犬吠の 今宵の朧 待つとせん 〔 虚子 〕
いぬぼうの こよいのおぼろ まつとせん

13.田原秀水句碑 たはらしゅうすいくひ 14:42着発

〔 俳人協会員 田原秀水句碑 〕 自然対座のなかに作者の詠む韻律と相俟って銚子半島を故郷とし、短詩形の俳句の息吹きを口語的に詠出する。平明さのなかに季語の効果的独自な地方風土を、すがすがしい姿勢で”市隠俳三昧”の境地を直喩、郷土愛の一端を窺い知ることができる作品である。好日同人・現代俳句協会員 明石春潮子 記 処女句集「人魚」の中の一句 好日俳句会銚子潮流支部建立 昭和62年(1987)10月吉日

日の暮は 海がすきです 月見草

次の犬吠埼マリンクパークに向かう途中でたまたま目にした句碑ですが、月見草=宵待草と云うことで、俳諧の世界とは程遠い境地にいるξ^_^ξとしては、同じ句碑でも海鹿島に立つ竹久夢二の句碑に刻まれる「待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草の やるせなさ 今宵は月も でぬそうな」の方に共感を覚えてしまうの。(^^; 豈図らんや、夢二のこの句は先程紹介した高浜虚子の句と対句と云えなくもないわね。偶然の一致でしょうが、月と月見草(宵待草)をキーワードにして三者がコラボ状態にあると云うわけ。富士だけじゃなくて、犬吠にも月見草がよく似合う−と云ったところね。

14.犬吠埼マリンパーク いぬぼうさきまりんぱーく 14:42着 15:24発

犬吠埼エリアの散策の最後に立ち寄ったのがこの 犬吠埼マリンパーク ですが、その名称からは海をテーマにしたレジャーランドを期待してしまいますが、実態としては極普通の水族館なの。But 最近の水族館では巨大水槽の中で魚達が自由に泳ぎ回る姿が当たり前のようになりましたが、そういった人目を惹くようなものも無ければ、展示全体に力が感じられないの。解説ボードが一部手書きでなされていたりするのは百歩譲っても、施設全体が老朽化しているのは否めないわね。来館者の減少から資金難となり、改善出来ずにいるのでしょうが、敢えて時間を割いてまで見るべきものはないわね−と云うのが正直な感想なの。入館料:¥1,300

イルカショー 唯一救われたのがアトラクションのイルカショーで、ダイナミックな演技を披露するには助走するにもジャンプするにもこれではちょっと小さすぎるんじゃないの?と思うようなプールですが、観客席がプールサイドの間際に造られているので、尾びれで水面を叩きながら泳ぐパフォーマンスだけでも水飛沫が飛んでくるの。それこそハイジャンプでは最前列にいたらずぶ濡れ状態必至よ。観客席にしても3,4列位しかないので、逃げ場がないの。初めは座って観ていた方も、気がつけば殆どの方が後に移り、Standup 状態。こじんまりとした施設故にイルカとの距離が近く、迫力ある演技を目の前で楽しむことが出来たの。それ以上に水飛沫を浴びてしまうかも知れないスリル感かしら。(^^;

イルカたちのパフォーマンスの様子をスライドに纏めてみましたので、御覧になりたい方は上の画像をクリックしてみて下さいね。But こちらもまた御使用の環境によってはクリックして頂いても再生が始まらず、保存を求められる場合がありますので、その際は Down Load してお楽しみ下さいね。

15.銚子電鉄・犬吠駅 いぬぼうえき 15:31着 16:00発

秋の日はつるべ落とし−と云うことで、陽射しも傾き始めてきたので帰宅の途につくことにしたのですが、駅舎内にあるお土産屋さんでは弧廻手形のサービス券でぬれ煎餅一枚を忘れずにGet 。気を良くしてぬれ煎の他にもぬれカステラを買い求めてしまいましたが、銚子電鉄が直接製造していたのはぬれ煎の方だけと帰宅後に知ったの。商品名に気を取られての衝動買いで、犬吠の月本舗 たか倉 謹製−とあるのに気付かなかったの。But 例え他社製品であったとしても、その販売を通して僅かながらも銚電の収益に貢献出来たのではと、一人納得することに。見た目はカステラと云うよりもパウンドケーキなのですが、シロップ漬けの食感はしっとりとしていて美味しいの。(^^;

犬吠にお出掛けの際にはぬれ煎共々、宜しくお願いしますね。それはさておき、ホームで上り列車を待っていると下り列車が先にやってきたの。多分、この列車が外川駅で折り返して上り列車になるのではないかしら?単線なので外川駅に着いたら上り列車が出た後だったと云うことも無いハズよね、それなら、この下り列車で外川駅まで足を延ばしてみようかしら、一日乗車券もあることだし・・・と云う訳で、急遽予定を変更し、外川駅に向かうことにしたの。かと云って、外川駅で下車してからどこかを観て歩いた訳ではないの。折角の銚子電鉄だもの、どうせ乗るなら端から端まで乗ってみたかったと云うだけのことよ。(^^; 下掲はその下り列車なの。

銚子電鉄 に依ると、車両は嘗て営団地下鉄で使用されていたものを現在は銀座線カラーに塗装し直したものだそうですが、一時期通勤通学に銀座線を利用していたこともあるξ^_^ξとしては、懐かしさと云うよりも、銚子電鉄に銀座線が乗り入れてきてしまったような印象で、違和感もあるの。個人的には以前訪ね来た際に目にした銚子電鉄のオリジナル・カラーの方が可愛らしくて好みなんだけど。(^^; Before VS After と云うことで、参考までに昔の写真(画質は期待しないでね)を掲載しておきますが、みなさんはどちら派かしら?

16.銚子電鉄・外川駅 とかわえき 16:02着 16:09発

TVの旅番組などではレトロな装いが話題となり、取り上げられることも多い銚子電鉄ですが、裏を返せば利用者の減少で更新はおろか、車両や設備の維持もままならず、以前から経営的には難しい舵取りを要求されているの。調べてみると、銚子電鉄は大正2年(1913)に観光目的に銚子・犬吠間に敷設された銚子遊覧鉄道が前身で、現在は老舗旅館として知られる暁鶏館を一時期経営統合して傘下に収め、明治30年(1897)に開通していた総武鉄道(現・JR総武本線)で銚子に来た行楽客が犬吠埼まで足を延ばすための環境を整えたの。But その銚子遊覧鉄道も第一世界大戦の勃発や、折りからの資材高騰などの要因もあり、経営は赤字続きで、開業僅か4年目にして廃業してしまったの。

以降の経緯は他のサイトなどを参照して頂きたいのですが、その後も銚子鉄道、銚子電気鉄道と名を変え、経営母体もその都度代わるなどしますが、開通当初から難しい経営状況にあったと云うのは意外ね。尤も、一私企業では如何ともし難い経営環境と云うのは起こり得るものではあるのですが、公共の交通手段でもある鉄道となると、ことはそう単純に済ませるわけにはいかないわね。因みに、左掲は外川駅の留置線で静かに佇む往年のデハ800形ですが、これを見て一抹の寂しさを感じてしまうのはξ^_^ξだけかしら?銚電の主力車両として活躍していた頃を知るわけでもないのですが、出来れば、目にしたくない光景よね。

NHK連続テレビ小説「澪つくし」のロケ風景

かをるは電車の中で、銚子商業の生徒に声をかけられた。彼は吉武善吉と名乗り、あなたを描いた絵が家にある。兄が買ってきたのだという。数日後、由岐とみずえはかをるを引っ張り出して、外川駅をおりた。銚子市

このほか、銚子電鉄は、かをるの通学や銚子と外川を結ぶ交通として何度も登場しました。

「澪つくし」は今から30年も前の昭和60年(1985)に放送されたものだそうですが、内容などの詳しいことは他のサイトを御参照下さいね。代わりに、以前この外川駅に訪ね来た際に目にしたトロッコ列車の澪つくし号の写真を掲載しておきますが、その澪つくし号も保安基準を満たさなくなり休車扱いとなり、屋外に長く放置されていたこともあって劣化損傷が激しく、平成24年(2012)には遂に廃車となってしまったの。先程紹介したデハ800形もまた、同じ運命にあると云うことかも知れないわね。既にぬれ煎などの製造販売の売上金額が鉄道部門のそれを上回り、副業で得た収益で本業の鉄道部門の赤字を補填するという構図では、博物館的な施設を新たに造り、退役車両を静態展示することなど、およそ不可能なお話しでしょうし。

17.銚子電鉄(&JR)銚子駅 ちょうしえき 16:28着 16:38発

時代の移り変わりの中で引退を余儀なくされた寝台列車に感傷を持つのと同じように、老朽化しつつも現役を続ける銚電の車両を見ていると、鉄道マニアでもないξ^_^ξでも、やたら応援したくなってしまうの。車内にいてもモーターの唸り声やレールの軋む音が耳に飛び込んで来て、走行中も身体が前後左右に揺り動かされるなど、決して快適な乗り心地だとは云えないのですが、それでもどこか懐かしく、喘ぐようにして走る銚電に、つい愛着を感じてしまうの。新型車両が機能と経済性を追究したものなら、銚電を走る車両は効率とは無縁のようで (^^; メカでありながらどこか人間味を帯びて見えるの。次回がいつのことになるのかは分かりませんが、左掲の車両もそのときまで是非現役で走り続けていて欲しいものね。

18.JR東京駅 とうきょうえき 18:29着


冒頭にも記しましたが、今回の散策は以前一度訪ね歩いたことのある行程でもあるの。飯沼観音の五重塔や君ヶ浜しおさい公園など、時を経て新たに造られたものがある一方で、前々からそこにありながら、以前は気付きもしなければ興味を持つこともなかったものに目を留めるξ^_^ξがいたの。不思議よね、疑問符を投げかけると答えはチャンと用意されているものなのね。知ったからと云って、自己満足だけで、何の足しにもならない事柄ばかりですが、それもまた旅の彩りよね。残念ながら以前歩いた怒濤めぐり遊歩道は一部が立入禁止となり、崩落やその危険性故に手が加えられるなどして景観を変えてしまいましたが、岬に立つ白亜の灯台と太平洋の荒波は今も変わらずにあるの。いかがですか、あなたも一度犬吠岬に立ち、大海原を前にして潮の香に包まれてみては。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥

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〔 参考文献 〕
人文社刊 郷土資料事典 (12) 千葉県
山川出版社刊 千葉県高等学校教育研究会歴史部会編 歴史散歩(12) 千葉県の歴史散歩
その他、現地にて頂いてきたパンフ、栞など











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